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Touch = everything  作者: 大友伊月
第1章
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第1章 第3話 盗賊団とレイ

少し長くなりました

 時は少し遡り、見回りの来る少し前。



 ガチャリ


 レイの手錠が微かに音を立てて外れる。

 続いて俺の手錠もレイが外す。

 しかし、ご丁寧にも俺たちを魔術師かもしれないと考えている奴らは、俺たちに魔力払いの首輪を着けていた。

 俺の最初の仕事はレイの首輪を無効化することだ。


「どのへんだ?」

「もう少し下のはずだ。・・・そう、そこだ。」


 俺はレイの指示に従って、手順通りによく分からない文字を岩で削っていく。

 なんでも世界中に溢れる魔力払いの付与された道具は、元を辿ればジュエラ王国王都で研究、解析、量産された物らしい。

 だからって、何故レイが知っているのか不思議だったが、ただの筋肉ダルマという訳では無さそうだ。


 ボッ、と突然レイの手から拳ほどの火が上がる。


 俺は当然驚いているのだが、レイは当たり前だと言わんばかりの表情だ。

 ――これが魔法・・・


 俺は脱出した後でレイの言っていた事が本当か確かめるつもりで居たが、こんなものを見せられては信じる他ないだろう。

 もちろん元の世界でマジシャンが魔法と言って手品を披露しても、仕組みの分からない手品としか思わない。

 だが、現在のこの状況でわざわざ俺一人騙す必要はない。

 少し短絡的だが、今この瞬間、俺は魔法という人類が長年求め続けてきた奇跡を目撃したのだと確信した。


「それが魔法なのか?」

「おいおい。ずっと熱心に聞いてたと思ったら、まさか見るのも初めてか?」

「ああ、前にも言ったが、親があまり家から出してくれなかったからな」


 投獄初日、俺がレイに様々な事を聞くと、レイは俺の事を箱入り坊ちゃんだと言った。

 きっとこの世界にも何かしらの理由で家から出して貰えない子供なんかがいるのだろう、そう考えた俺はその設定に乗っからせてもらい、世界の事を知らず、特技もなく、素性も明かせない男を演じた。

 黒髪黒目が珍しいのはあの盗賊たちの会話で知っていたから、それも信じ込ませる一助になっていた。

 レイはひきつった顔で笑っていたが、それでも一人でやるよりは成功率が高い、と作戦に混ぜてくれた。


「ああ、そうだったな。まあ、盗賊団の中に魔法を使える奴はいないから、俺の炎魔術だけは見慣れておけよ」


 そういうとレイは、ボオゥと先ほどより大きな炎を手から出して見せた。

 俺が目を丸くして眺める様をレイは笑って見ていた。


◆◆◆


 時は戻って現在。

 カツカツと靴を鳴らしながら男たちが歩いてくる。


「おいお前、何食ってんだ?俺たち飯抜きのはずだろう」

「ああ、兄貴もくうっすか、これ?」

「っておい、これカタツムリじゃねえか!?よく食えんな!?」

「えぇ~。ぬちゃぬちゃしておいしいんすよ~?」

「ありえねぇ、ありえねぇ・・・」


 この三日間何度となく聞いた身の無い話がだんだんハッキリと聞こえてくる。

 レイの方を見ると、彼もこちらを見ていて、どちらともなく互いに頷き合った。


「よお、筋肉野郎、黒髪野郎」

「おめーらのせいでこっちはカタツムリしか食えてねえんだぞ!分かってんのか!?」


 牢屋の前に立った男たちは、この三日と同じように完全な八つ当たりをしてくる。

 だがそれも今日までだと、思わず笑いが込み上げて来そうになる。

 自分でも気づいて居なかったが、この八つ当たりにだいぶストレスが溜まっていたようだった。

 手から自由自在に炎を出す筋肉男では、盗賊二人倒すには過剰戦力というものだろう。


 「・・・」


 レイが口を開いて何かを呟く。

 しかしそれはどんなに近づいていても聞こえない。


「あぁ?なんかいったか?図体はでけえのに小さい声でしゃべんじゃねえ」


 なぜならそれこそが作戦、罠なのだ。

 そうとは知らず、男がレイに近づく。


「グアアアアアアアアアアアァァッ!!」


 瞬間、牢屋を揺らすような絶叫が走る。

 想像よりも遥かに大きな声、遥かに大きな炎。

 レイの掌より吐き出された竜の炎が如き業火は、叫びをあげる男たちを瞬く間に飲み込んでいく。

 人間が進化の最初に辿り着き、信仰と恐怖、似つかぬ二つの性質を抱かれ続けている物。

 それらは感情もなく、男たちの服や装飾を焼いていく。

 今まで松明にしか照らされる事の無かった牢屋が、隅々まで見渡せる程の光。

 男たちの怨嗟の声と焼け爛れた肌は、見た事の無いはずの悪魔を想起させた。


◇◇◇


「これでいい」


 死んだ男の体から鍵を奪い牢屋を出る。

 骨まで焼かれ、完全に人と判別できなくなった男たちを牢屋の隅に捨て、彼らが装備していたナイフや胸当てを煤を落としてから装備する。

 死者の遺物。

 それも、自分たちで殺した男の、だ。

 作戦前には少し恐怖もあった。

 人間を、同族を殺すのだ。怖くないはずが無かった。

 しかし終わってみれば、正直に言って、何も感じなかった。

 実際に自分が手を下した訳でも無く、死体が残らなかったのもあるかもしれない。

 もしかしたら、事が片付いてしばらくしたら罪悪感に飲まれて、心が潰れてしまうかもしれない。

 隣で同じように装備の煤を落とし、武器の点検を行っているレイに目を向ける。

 彼は悪人は悪人と割り切っているのか、作戦を開始した時と変わらず真面目な表情だ。


「レイ、準備は終わったか?」

「ああ。そっちは点検の仕方、教えた通りに出来てるか?」

「ああ、問題ないはずだ。」


 声が震えることもなく、体の感覚が消えることもない。

 飛行機の時とは大違いだが、心身ともに慣れてしまったのかもしれない。

 自分の人間性と倫理観に不安を感じるが、今はそんな場合ではないと、頭から振り払う。


「そういえば、レイはナイフはどれぐらい得意なんだ?」


 この三日、作戦を小出しに教えられ、レイが自身の魔法と作戦に自信があるのは分かっていた。

 しかし、体術やナイフの技術については聞いていなかったことを思い出し、問いかける。


「ナイフはあんまり得意じゃねぇな。どちらかと言えば剣の方がよかったが、森の中で戦うあいつらにとっちゃ、剣で戦うほど馬鹿な事は無いって事なんだろうな。」

「なるほど。じゃあこのナイフの目利きはできないって事か」

「そうなるな。まあそもそもナイフを使うような距離だとこっちの方が良い」


 そう言ってレイは、握り拳を持ち上げ得意げに笑った。

 魔法に体術、あまり得意ではないとしても剣術も使える。

 一体何者なのか謎は深まるばかりだったが、こちらの事情を詮索されるのはあまり良くないので、せめて今までのレイが演技ではないことを祈るしかできない。

 そんなことを考えつつ、階段に辿り着く。

 記憶も曖昧だが、俺たちは地下牢に閉じ込められて居たらしい。


「いよいよだな」


 作戦の第二段階の開始を前にレイを、それ以上に自分を鼓舞しようとするが、緊張しすぎだとレイに笑われてしまう。

 レイの顔には緊張はない。

 作戦を信じているのか、それとも自身の実力ゆえか。


「行くか」


 レイが気負いもなく前に進むのを追いかけていく。

 盗賊団対二人。

 ミスはできないと気合を入れなおす。


◇◇◇


 外は暗い森の中だった。

 木々の間を縫う風の音。

 互いに擦れ合う葉の音。

 遠くから聞こえてくる動物たちの声。

 耳を澄ませても人間の生活音や話し声は聞こえてこない。

 先ほどの二人の悲鳴も聞こえてはいないようだ。


「情報通りだったろ?作戦にも変更はない」

「ああ。でも、ここまで静かだとは思ってなかったから逆に怖いな」

「大丈夫、少なくともボスや幹部達はあれに掛かり切りだ。幹部以下なら俺一人で百人は相手できる」


 俺の弱気な発言にレイは笑って和ませようとしてくれる。

 してくれているはずだ・・・、流石に同時に千人相手にしても大丈夫というのが本当なら笑えない。

 結果として不安の数は変わってないが、レイは満足そうだ。



 ともかくとして作戦の第二段階が開始された。

 作戦の概要は簡単。

 俺とレイが互いに周りを警戒しつつ、見つけた敵を背後から無力化。

 現在誰も居ないはずのボスの部屋から、森の地図、できれば罠の位置が書かれた物を盗み取り脱出。


 作戦としては単純だが、レイが知っていた、ボスや幹部の外出時間の情報のおかげで成功率はかなり高いだろう。

 先ほどレイが言った百人同時というシチュエーション程でなくとも、十人程度ならレイで、一人を背後からなら俺一人でもなんとかなる。

 一番の不安は、裏の裏を読まれてボスの部屋に幹部勢揃い、なんて状況だ。

 想像しただけで冷や汗が止まらないが、何度レイに相談しても「大丈夫」の一点張りだ。


 そんなことを頭の隅で思い出しながら歩いていると、レイから静止の合図が出る。

 続いて指を二本立てながら、伏せろの合図。

 時間がなく細かい動作の合図までは覚えきれず、基本動作しか分からないが、今回の合図は「敵発見、二名、伏せて待機」だった筈だ。


 レイがこそこそと移動していくのを尻目に、適当な草むらに隠れる。

 敵が暗闇を照らしているのは松明なため発見はされ辛いだろう。

 息を落ち着かせると、今更ながらに気が付く。

 彼らは盗賊とはいえ、二十年もこの森でやってきた組織だ。

 先ほどの二人、少し先を歩いている二人、彼らを見て見れば分かる。

 二人組(ツーマンセル)

 基本的な警備の方法ぐらい弁えている筈、つまり間抜けにも一人で歩いている奴など居ないという事だ。

 そしてその場合、俺は完全にお荷物だという事になる。

 レイが裏切るはずなど無いのだ。

 そのつもりなら、牢から出るときに一緒に燃やしてしまえばよかったのだから。

 ――ごめん、レイ。

 レイからすれば笑ってしまうような誤解だろうが、見回りの二人を焼き殺した時よりも俺の心は悲しみに苛まれていた。


 隠れる事、一分と少し。

 木を照らしていた松明の光が一際大きくなった後、木の陰からレイがこちらを探して歩いて来る。

 やはり、無力化と言いつつも先ほどど同じように燃やし殺したようだ。

 裏切る筈が無い事が分かった今、彼一人に殺しをさせているのが申し訳ない。

 しかしこちらの心情など知る由もないレイは心配そうな顔で身を案じてくれる。


「何もなかったか?向こうに行ってから気が付いたが、獣が飛び出してくる可能性もあったな」

「いや、何もなかったぞ。獣も見回りも出てこなかった」

「そうか。じゃあ行くか」


 やはり、レイは正真正銘の善人だ。

 人を殺しているから善人というのも違う気がするが、善い人という事は間違いないだろう。


「レイ、ごめんな。お前に全部やらせちゃって・・・」

「なんだ急に?謝んなよ、協力関係だろ?」

「いや、俺とお前じゃ関係が釣り合ってない。この借りはいつか絶対返すから」

「ん~?まあお前がその気なら別にいいけど、ベッドで返すとかはやめろよ?」


 レイはあまり気にした様子もなく、冗談で返してくる。

 この時、俺のこの世界での、最初の目標が決まった。


◆◆◆


 暗い森の中、ボスの部屋までサーチ&デストロイを続ける事、数回。

 何とかボスの部屋の見えるところまでやってきた。

 レイの狙った通り、重要なものはボスの部屋に置いてあるのか、警備の人数も五人いる。

 更に、レイが見た限りでは、警備の装備にはボウガンや投げナイフのようなものまであるらしい。

 あまり射程の長くないレイの魔法では、相手に届く前に殺されてしまうかも知れない。


 しかし、レイは笑っていた。

 絶望の表情でもなく、決死の覚悟を決めた顔でもなく、笑顔。

 その理解の出来ない光景で、俺はやっと気付いた。


 レイほどの男が下っ端二人に捕まった理由。

 幹部たちの居なくなる時間を知っていた理由。

 俺の感謝の言葉に何の感情も見せなかった理由。

 全てがその為だったのだ。

 逃げるためでも、誰かを助けるためでもない。

 ただ殺し合いたい。

 その為だけに情報を集め、捕まり、時を待った。

 狂ってはいても冷静。

 戦うために一番最適なルートを使う。


 最初の二人は消化不良。

 足りないからこそ俺を連れて行く。

 だから俺の感謝に首をかしげた。

 道中は暴力的に。

 悲鳴すら上げる暇もなく殺した。

 そして最後。

 矢がナイフが、自身の最大の攻撃である魔法が届く前に、彼を殺す。

 出ていけば必ずそうなる絶望的な状況、つまりは彼が一番望んでいた物。

 だからこそ笑っている。


 彼の歪に笑う顔が俺の心を冷たく凍らせていく。

 話し合ったこの三日間、助けてくれたこの道中。

 彼は一時も演じてはいなかったのだろう。

 そんな彼を善人だと思い感謝した。

 この世界に来てから一番の絶望だった。


◇◇◇


 十分経った。

 彼が飛び出して行ってからの時間だ。

 聞こえた悲鳴は五つ。

 聞こえた笑い声は一つ。

 今では、地下牢から出たときに聞こえた森の音しか聞こえない。

 絶望の中、それでも体は機械のように止まらずに動く。

 木陰から出てボスの部屋へ。

 焼けた死体や、首の折れた死体を目に入れながら歩いていく。

 彼は何故あんな性格になってしまったのか。

 彼がどう戦ったのか、どう死んだのか。

 気になることが浮かんでは、絶望に吸い込まれ、消えていく。


 ――見つけた。

 探していた地図はボスの部屋に入ってすぐに見つかった。

 大胆にも壁に貼り付けてあったのだ。

 感覚の無い腕を高く上げ、上から千切れないようにはがす。

 少し地図を眺め、小さく折って胸当ての下に隠す。


 部屋から出ると、右を見ても左を見ても木ばかりだった。

 再度地図を確認し前へ歩き出す。

 足元は見ない。

 レイの死体か盗賊の死体かもわからないものを踏みながら歩いていく。

 地図に従い機械のように・・・。


◆◆◆


 俺がその森を脱出したのはその三日後だった。

次回から(私が)お待ちかねのハンターギルドの話になります。

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