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7話 良薬は苦くないのがいい


私は風邪をひいて、数日ほど寝込んでいた。

ようやく熱が下がり仕事ができるまでに回復したので、起き上ってメイド服を着る。いつもと違うのは、声が出ないことだけである。

マスクをしっかりとはめて、薬を飲んだ。早く直さなければ、主に移してしまう。

――私はまた、透哉様に無理矢理連れ出されて夜景を見に行ったのだ。春とはいえ夜は冷える。それに加えて二人で寒い寒いと言いながら外で星を眺めたのだ。星は綺麗だったが、その代償として私は風邪を引いた。透哉様はひかなかった。

今度からこうして連れだされた時は、毛布をしっかり持っていこうと心に決めた。ちなみに、透哉様は、先日北極に私を無理やり連れて行って風邪をひかせたとご家族にものすごく怒られたそうだが、今回もまた怒られていた。懲りないお人である。


「…、…っ…」


何度か声を出そうとしても、出るのは空気のみで声が出ない。これではコミュニケーションが取れないし、仕事に支障をきたしそうだ。私は部屋を出ると透哉様の部屋に行く前に、執事さんを探すことにした。

透哉様とのコミュニケーションツールとある道具を授けてもらうためである。道行く使用人さんを捕まえて、身振り手振りで執事さんのもとへと向かう。意外と早く見つかったのは、出会った人たちが伝言ゲームの様に私の事を話していたからだとか。

そこで私は、星城家使用人一の執事さんよりコミュニケーションツールとして小さなホワイトボードを首からぶら下げてもらった。これで私は万人とコミュニケーションが可能になったのである。そして、ついでにこの屋敷の中で一番大きい音が鳴る目覚まし時計を借り受けて、いざ、と透哉様の部屋へと歩き出す。

声が使えないなら、道具を使えばいいのである。透哉様さえ起こしてしまえば、今日の最難関の業務は終了するのだ。


透哉様の部屋についたので、私はどんどん、と強めにノック。中からの声は、もちろんない。

はあ、とため息を吐いて私はドアを開けて部屋に入る。

ベッドに沈み込んだ透哉様はいつも通りすやすやと気持ちよさそうに寝入っていた。

そこで私はまず、大音量の目覚ましを一分後にセットして、透哉様の耳元において、ぎゅうと耳を抑える。ジリリリリ、と鳴り響くアラームは、なるほど強烈だ。こんなのを耳元に置かれたらたまったものではないだろうと私は半笑いで透哉様を見た。


「………。…、…」


声が出ないのをこんなにも口惜しいと思ったことはない。

――私の主は、強烈なアラーム音にも負けず、いまだに眠り続けていた。

この人はもしかしたら死んでいるんじゃないかと、まずアラームを止めてからそっと手を顔にかざす。呼吸をしている様子で、安心した。あんな爆音すら透哉様を起こすに足りるものではなかったという衝撃に私は思い切り目覚まし時計をにらみつけた。

これで私の仕事が減るかと思ったら、とんだ役立たずめ。――いや、時計に罪はないのだ。悪いのは、全く起きずにのうのうと睡眠を貪っている主である。にらみつけた時計に気持ちばかりの謝罪を送り、私は目の前の難関に挑むことにした。

最初からこうしていればよかったとゆさゆさと体を揺さぶれば、主はううん、と唸った。どうしてこれでも起きないのか。今日は全くおきない日らしい。

透哉様は比較的ちゃんと起きる日と全く起きない日とあるが、どうやら今日は後者であるようだ。


「…、…っ…!」

「…ん、」


こうなったらもっと強く揺さぶってやろう、と息を吸った途端に咳が出た。声が出ないために空咳のような乾いた音が響いた。勢い込んだ咳は止まらず、涙が浮かんできた時に、ベッドの上で何かが動く。

そのまま引き寄せられて、私の体はベッドに腰掛けるように座らされていた。そのまま背中を緩慢に撫でられる気配に、そっと見上げれば、透哉様が起き抜けのまだしっかり目覚めていない顔で私の背中をさすってくれていた。

落ち着いてきたので、ホワイトボードにお礼を書いて差し出す。それを読んだ透哉様は、私を覗き込んで額に手を当てた。


「熱はないな、体は平気か?」

「………」


――平気です。声が出ませんが、すぐに直します。

それだけ書いてホワイトボードを出す。透哉様は無理はするな、ともう一度私の額に手を当ててからベッドから降りた。

それに合わせて私も立ち上がり、透哉様が脱いだ洋服たちを回収する。しかし、あれだけのアラームには反応しなかったくせにどこに反応して起きたのか、謎である。この方はたまによくわからないなと思いながら、私は透哉様が今日は大学が半日で終わることと昼は済ませて帰ってくると話す口元を見つめた。

こうして会話のできないというのは、なんだか調子が狂う。想っていることが言えないというのと、ホワイトボードに書くという行為がいつもと違うからだろうか。

このホワイトボードに書く時間がもったいない。話す方が早いな、と思いながら、もしどこかで自由にできる時間があればのどに聞く飴を買いに行かねば。料理長さんに温かいはちみつレモンでも作ってもらおうと思う。

透哉様は、私の頭をがしがしとつかむように撫でると出ていった。

いってらっしゃいませ、の代わりにいつもより長めに頭を下げる。頭を上げた時にはもう、透哉様は居らず、玄関には私だけが残されていた。



一日のやることを済ませ、料理長さんお手製のホットはちみつレモンを飲みながら使用人の休憩室でちびちび飲んでいた私は、手持無沙汰にホワイトボードに落書きをしていた。絵心はもちろんないが、犬やら棒人間やらを書いていると意外と時間は過ぎるし気はまぎれるのである。

ちなみに、これはサボっているわけではない。断じて違う。ちょっと休憩しているだけである。通りかかる使用人さんたちがなんだかにやにやと笑いながら通り過ぎていくので、少し子供っぽいことをしてしまったかと反省した。

落書きにも飽きたので飲みかけだったはちみつレモンを飲み干して立ち上がりかけた時に、使用人休憩室のドアが開いた。立っていたのは、主だった。――ちなみに、今の時間は11時半、昼過ぎに帰ってくるといった人が帰ってくるには、早すぎる時間である。

慌ててドアに寄れば、紙袋を渡された。


「のどにいいものを買ってきた。早く治せ」

「…………」


落書きだらけのホワイトボードにお礼を書き込んで掲げもつ。満足げに笑った主はそのまま踵を返したので、ついていく。

しかし、いくら何でも買いすぎかと思う。私が両手で抱えないと持てないほどの袋の中に大量に詰められた飴やらのどに効くお茶やら漢方やら。ぎっしりと詰められたそれは、きっと私の喉が治っても残っているだろうと予想させられる。

それでも、まあ、この気持ちはありがたく頂戴することにして。私は今日はこのまま休むと言って部屋で本を読みだした主に付き合わされる形で、差し出された本を読むことになったのだった。



そして、翌日。


「おはようございます、透哉様。ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。おかげさまで声も出るようになりました」

「早かったな、もう少しかかるかと思ったが」

「ええ、そうですね。料理長のはちみつレモンが効いたようです」 


私の声はすっきりと出るようになっており、咳も出なかった。完治である。

これでコミュニケーションには困らない、私は風邪に勝ったのだ。

いささか残念そうな主に、いただいたものが残ってしまった詫びをすれば、長く持つものを買ったのでとっておけとの事。

捨てるのはもったいないので、少しずつでも消費していこうと思う。

――だがしかし、主の買ってきたものは何の嫌がらせか、全く美味しくない独特の味がする者ばかりだったのだ。


「…味が美味しくなかったですが」

「ああいうのはちゃんとしたものの方がよく効くに決まってるだろう」

「………」


そういうのは、私は信じていないのである。

食べておいしいものを薬としたい所存だ。いただいた物たちの賞味期限がとても長かったのをいいことに、奴らは私の部屋の一番隅っこの追いやられている。

もう二度と、風邪をひかないように予防を欠かさないようにしたいと思う。





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