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6話 主が不憫な話

透哉様が毎回可哀想な人になってしまうのをなんとかしたいです。カッコいい人なんですよ、見た目は。


玄関ホールで出迎えたらば、薔薇が帰宅してきた。――訂正、大量の薔薇を抱えた主が帰宅してきた。

おかえりなさいませ、という言葉をかき消すような薔薇のむせかえるような香りが私の顔を襲う。押し付けられたそれを両手で抱える。

御曹司に薔薇はたいへん似合っていたけれど、メイドに薔薇は似合わない。私には霞草の花束がぴったりだ。あまり多すぎるのも考え物だな、と思いながら私は少しだけ顔から薔薇を離した。

透哉様が貰ってきたらしい薔薇の花束は、黄薔薇の中に赤薔薇が混じっている。意味は、確か「どんなにあなたが不実でも」。ほうほう、決して本気になってくれない主を想ってこの組み合わせにしたのか。この主はどかの令嬢の嫉妬をかってきたようだ、と思いながら、どうせなら深紅の薔薇が良かったと思う。


「薔薇の花束の意味を知ってらっしゃるお嬢様だったのですね」

「………寄越したのは野郎だ」


吐き捨てるように言った主に、私の足が止まる。

女性だけではなく、同性も守備範囲内だったとは初耳だ。

そんな私を見て眉間に皺を寄せた透哉様は距離が空いた分を足早に埋めると、私の頬をこれでもかとつねった。


「い、いひゃいでふ…」

「俺はノーマルだ。別に個人の思考はとやかく言わんが、俺は女しか抱かん」


偉そうに言われたので、引っ張られて痛い頬を片手でさすりながら私は胡乱な目で見上げた。


「私の主は、男性にも慕われるのですね。どうやってたぶらかしたのでしょう」

「ナギ、お前面白がってんな?俺にその気はないってんだろうが」

「…存じ上げておりますけれども。ここまでやる相手は、こじらせない限り無理でしょう。――それで、この薔薇はいかがします?」


酷く面倒だ、というため息を吐きだしながら透哉様はむしってしまえと言った。


「……それではさすがに薔薇が不憫です」

「ならお前の好きにしろ。俺はいらん。俺の部屋には入れるなよ」

「お風呂に浮かべて差し上げましょうか」

「…枝だけ取っておけ」

「――透哉様の、仰せのままに」


お部屋に戻られるだろう主を見送って、私は抱えた薔薇を片手に、メイドさんたちのいる部屋へと向かう。

枝を取っておけということは、きっと枝を送り返すのだろう。

枝の意味は、「あなたの不快さが私を“悩ませる”」だったはずだ。私だったらこれをやられたらショックで泣いてしまうだろう。不憫なことだと思いながら私はそっと薔薇に手を合わせた。

綺麗な薔薇に顔を輝かせたメイドさんたちに、枝を透哉様に渡してほしい旨を伝えて私も透哉様の部屋へと戻る。今日の使用人の大浴場は、薔薇風呂だそうだ。なんてリッチ!


「透哉様、失礼いたします」


ティーセットと共に部屋に入る。着替えを途中でやめたらしい透哉様は上半身裸のままで部屋のテレビをつけていた。だから、この方は暑い暑いと言って半裸で過ごすのをやめてほしいものである。筋肉質なせいで体温が高いのが悪い。夏が嫌いな透哉様は、基本的に温かい場所では脱ぎたがる。私はもう慣れたので特にどうも思わないが、メイドさんの中には顔を赤らめている人もいるので自重するべきだと思う。そういうの、まかり間違えばセクハラに当たる。


「上にも何か羽織られてはいかがです?」

「暑い。部屋の中くらい好きにさせろ」

「そういわれましても…、ご家族以外のお客様が急に入ってこられたらどうされるのですか」

「勝手に部屋に入ってくる奴なんぞ出禁にしてしまえ」


大変、薔薇を押し付けてきた男性とのやり取りが精神をえぐっているらしい。返してくる言葉に覇気がない。切れるナイフのような鋭さが全くないので、私は主をいたわるべくそっと歩み寄った。


「女性の使用人は喜んでおりました。今日の使用人の大浴場は、薔薇風呂です。これも透哉様が薔薇を持ってきて下さったからです」

「ナギ、お前は入るなよ」

「……………それはご命令でしょうか」

「メイレイだ。そんなに薔薇風呂がいいなら買ってきてやる。他はともかく、お前があんな奴からもらった薔薇を浮かべた湯に入ることは許さん」


びっくりして二度見してしまった。思わず。

そこまでトラウマになる様な出来事があったのか、と思いながら私は頭を下げる。御意、とだけ付け加えた言葉に満足そうに主は鼻で笑った。

――自分の持ち物が、気に食わない人間から押し付けられたとはいえ、貰ったものを間接的にでも身に着けることを嫌がるとは、主もなかなか面倒くさい。女子か。

でもまあ、それが主の望みであるのなら、私がそれに従わないわけにはいかないのである。

最近、透哉様の不憫さが極まってきているので、どうか私にしわ寄せが来ないうちに発散できるような出来事が起こってほしい。突然、バリのリゾートへ行くぞなんて言われてみてほしい。傷心旅行に付き合わされる私の身になってほしい。不憫だ、私が。そもそも私は外国があまり得意じゃない。自分一人で動けないし、海外旅行のデメリットは必ず透哉様と行動を共にしなければならないからだ。国内ならば、自由時間をもらってふらりと出かけたり観光したり、食べ歩いたりができるというのに。

言葉が通じない場所は、これだから困る。言葉を覚える気もないのでこうしてぶつぶつと中で思うだけなのだが。


「ところで、透哉様。今朝透哉様あてにお手紙が届いておりましたが」

「ああ、これか…………」


と言ったきり、黙り込んだ透哉様に近づいて手元を覗き込ませてもらった。もしかしたら、受け取ってはいけないものだったのかもしれない。名前を確認して、今後は透哉様には受け取らせませんということを使用人たちに流さなければ。

開かれた手紙と封筒をそのまま私に手渡すと、表情を消した冷徹な顔のまま、透哉様は高圧的にいった。まるで魔王だ。なまじ、顔が美しいから恐さが際立つ。見る人が見たらご褒美になりそうだが、私は主の地雷を踏みやがった顔も名前も知らぬ馬鹿を脳内でバットでフルスイングするのに忙しかった。


「燃やせ。今すぐ火にくべろ、二度と蘇ってこないようにな」

「そんな化け物のように言われずとも…」

「それから昴を呼べ。俺にこれだけ不快な思いをさせた報いは受けさせてやる」


どうやら、この手紙、薔薇の花束を渡してきた人と同一人物らしい。

――愛情の押し売りほど、好意をもっていないむしろ嫌悪の方に傾いている人間からされるものほど、鬱陶しいものはない。薔薇の花束だけでも怒りを煽っていたのに、彼の方は対応を間違えたのだ。手紙の中身は気持ちが悪いほどの、主への愛が書かれていた。正直、これは男女の差がなくても有り余るほどに、気持ちが悪い。こういう事をする男も女も、すべからく冷静になれと言いたい。主に私の精神が辛い。


「透哉様…おいたわしい…」

「二度と陽の目を見れないほどのトラウマを与えてやる」

「…人の道を外れませんよう」


とりあえず、ぞっとするような笑みを浮かべながらスマートフォンを操作しつつ玄関へ向かう主を追いかけながら私はこっそりため息を吐きだした。

透哉様にも憂鬱だろうが、私にとっても憂鬱だ。この方の機嫌が私の仕事へ左右されるのだ。全くもって、いただけない。

きっと、面白がった昴様と画策して痛い痛いオシオキをするのだろう。脳内でフルスイングされてぼこぼこになっている件の方に、私はそっと合掌した。どうか安らかに。


「ああ、それと、帰ってきたらそのあと俺は休みを取る。ナギ、チケットの手配を執事に頼んでおけ」

「はあ…、ちなみに、どちらまで」

「北極にシロクマでも見に行く。お前と俺の二人分だ」

「貴方様は私を殺す気ですか」

「殺させないし、良いものを見せてやる。つべこべ言わずに手配しろ」


それだけ言うと、主は屋敷を飛び出していった。やっぱり私にしわ寄せがきたじゃないか。ちなみに私、寒い所が死にたくなる位嫌いだ。大嫌いだ。

これから起こる苦行に近い旅行への付き添いに顔をこれでもかと歪めながら、私は星城家の執事さんを探した。彼には、大変苦笑されながら、すぐにチケット各種の手配を済ませてしまった。北極、そんな我儘は聞けませんというくらいの気概を見せてほしかった。

これは私が体調を崩すか何かしないとだめだ。私は、とにかく寒い場所に行きたくない。私の嫌がる顔を見てきっと少し溜飲を下げただろう主に、脳内で愚痴を言いながら私は大人しく部屋に戻り、荷造りを始めた。

――これも仕事の内である。飛行機と空港では私の好きなように過ごさせてもらわねば、と決意を新たにした。


そのあと。

件の男性にきっちりとけりをつけてきた主は、とてもいい笑顔で北極は楽しみだとのたまったので、私はいつもより一層の無表情で対応した。主はそれにすら機嫌を良くしたので、余計に私の心はねじくれる。

そしてその次の日、主はにやにやしながら、私を引き連れて北極へ旅立ったのだった。飛行機に乗りながら今すぐ墜落して無傷で日本に生還したいと何度思ったことか。

結局私は、主の気分転換に付き合い、日本に帰国した途端に熱を出した。

――余談だが、無理やり私を連れ出したことと熱を出させたことを星城のご家族にしこたま怒られたらしい。私の胸はすっとした。





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