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4話 東輝様といっしょ

お兄ちゃんのターン


本日は晴天、青空がまぶしく良い天気の日に、布団を干さないなんてあり得るだろうか。いや、ない。

ということで私は自分の布団を部屋のベランダにどさりとかけた。星城家の使用人部屋は、驚くなかれベランダ付きだ。ベランダでガーデニングをしている人もいると聞く。私はそこまでの情熱がないのでベランダの活用としては、もっぱら月見と称して団子を貪っているのだが。

布団を何回か叩いて、満足した私は部屋へ戻る。時間はお昼を過ぎたところだ。透哉様は今日は一日休みだということで、昴様に連れられて出かけて行った。私は透哉様に言付かった仕事を終わらせ、使用人さんに御用聞きをしたところ特にないと言われたので自室にてくつろいでいる。仕事が終われば好きにしろ、との事だったので。

透哉様が帰ってくるまでの休日は、何をしようか悩む。一日休みだと決めるのは楽しいのだが、多分透哉様は夕方には戻られるだろうし、そうしたら私は透哉様の傍に控えなければならない。


「ナギ、居るかい?」

「はい、居ります。東輝様、どうなさいました?」


こんこん、というノックの音の後に聞こえた声に私は慌ててドアへ駆け寄る。透哉様の兄であり、星城の跡取り、東輝様がにこやかに立っている。線の薄い儚い印象を受ける美人なお兄様だが、物腰は柔らかいのに押しは強いという人だ。自分の要望を押し通す力を持っているので、末っ子である藤賀様はもちろん、透哉様もこの方には逆らえない。


「透哉は出かけたって聞いたんだ。もし暇なら、書斎の片づけを手伝ってほしくてね」

「かしこまりました。ご一緒します」

「部屋の片づけをしてたんだろう?いいの?」

「布団を干したかっただけですので。特にやることもなくて困っていたので助かります」

「そう、それならよかった」


行こう、と歩き出した東輝様の背中を追いかける。

――ここの人たちは、私のことを“ナギ”と呼ぶ。私の本名は、みなぎ だ。

一度、どうしてそう呼ぶのですかと聞いたことがある。透哉様は、「自分の物が他の人間につけられた名前を名乗るのが気に食わないし、みなぎは呼びにくい。だが新しく名前を付けるのも面倒だ。だから、ナギと呼ぶ」

と言っていた。正直、御曹司の考えは私には理解不能だったのだが、はあそうですかと受け流した。時には受け流すことも召使の仕事である。

私の主である透哉様が、ナギと呼ぶので、他のご家族や使用人さんたちも私のことはナギと呼ぶ。今更みなぎと呼んでもらおうとは思わないので良いのだが、なんとなく、自分がペットになったような心地がする。まあ、ペットだろうが召使だろうが、私は主に従うだけなのであまり変わらない。


「書斎に、私が入ってもよろしいのですか?」

「ああ、構わないよ。といっても、僕の部屋の隣に作った本置場だから仕事関係の物はない。仕事は部屋でするしね」

「…小さな図書館ですね」


確かに、東輝様のお隣の部屋は空き部屋だった。そこの部屋はいつの間に運び込まれたのか、本棚が立ち並び、その本棚にぎっしりと詰め込まれた本を見て思わずきょろきょろとしてしまった。たぶん一昨日あたりざわざわしていたのはこれを運び入れたからだろうな、と思う。

本棚には小説から技術書、ビジネス書など多岐にわたる書籍が置かれている。私の小さな脳みそでは理解できないような難解な書物が多い。さすが由緒正しい家柄の御曹司は、頭のつくりまで違う、と私はそっと心の中で称賛した。


「運び込んだのはいいんだけど、埃っぽくなってしまったから掃除をしようと思って」


と言いながらおもむろにはたきを取り出す東輝様。私には雑巾を手渡され、二人で掃除という名の暇つぶしを始めることとなった。

どうも、東輝様は今日は珍しいことにやることがなくてとんでもなく暇だったらしい。心なしか楽しげにはたきをそこらじゅうポンポンしているので、私はとりあえず落ちてきた埃をまとめることにする。雑巾はそのあとだ。雑談をしながらする掃除は全くはかどらなかったが、東輝様が楽しそうなので良しとする。

――どうやら、東輝様は自分だけの秘密基地のようなものが欲しかったらしい。

昔から本を読んだりするのが好きな方だったらしいので、自分専用の図書館を買おうか作ろうか迷ったそうだ。そこは迷うところじゃない。

図書館を作っても入り浸れるほど時間はないので、書斎のような本置場を作ろうとものの数日でこの部屋をこしらえたらしい。とりあえず、本が山ほどあってお茶が飲めれば満足、ということで本以外には最低限の物しか置かれていない。なんというか、こじんまりとした漫画のない漫画喫茶のような感じだろうか。


「ああ、ナギ、髪の毛に埃がついてるよ。女の子なんだから気をつけなさい」

「はあ…申し訳ありません」

「あと、爪も欠けたままにしてはだめじゃないか」

「いたくなかったので良いかと思いまして」

「こら、大事にしなさい」


目ざとい。東輝様は、割と目ざとい。

言い訳をさせてもらえるならば、掃除をしているのだから髪の毛に埃が付くのは仕方ないし、終わってから落とせばいいと思う。加えて爪がかけたのは引っかけたからで、別に痛くもなければ深爪にもならなかったので放置したまでだ。だが私は空気の読める召使なので、口応えはせずに言葉を受け止めるに留める。

――最近の東輝様は、常にこのような形で世話を焼いてくるので、まるでチチオヤだ。私には父親が居なかったのでどんなものかはわからないのだが、これが父ではないかとよく思う。

どうもこの方、兄属性が育ちすぎた結果、弟たちは割と優秀なので世話を焼けずそこそこ出来の悪い私を構いだしたようなのだ。有難いのだが、いずれ母属性まで手に入れそうで少し怖い。


「おや、透哉が帰ってきたようだよ、ナギ」

「…そう、なのですか?」

「ここの窓からは、玄関が見えるんだ」


透哉様がたっていた奥の窓をそっと隣に立って眺める。確かに、玄関が見えた。透哉様が昴様をどつきながら立っている。


「透哉は気付くかなあ、昴は気付きそうだけど」

「大声をあげながら手を振らないとわかってくださらない気がします」

「そう?意外と視線に気づいてるかもよ、動物の勘みたいなやつで」

「…そこまで野生動物ではないと思います」


そんなことを言いながら見ていたら、不意に透哉様がこちらを見た。

遠目で見ているから気付くのだろうか、と思いながら、東輝様が窓を開けた。おおいナーギちゃあん!という間延びした昴様の声がして、東輝様がくつくつと笑った。


「野生は、昴だったかな」

「…お二人とも、よくお気づきで」


出迎えに行こうか、と東輝様が身を翻したので私も習う。窓の外の透哉様の顔はどことなく不機嫌そうだった。どうやら、昴様に連れられて行った場所はお気に召さなかったようだ。

ご機嫌取りは何がいいだろうか、玄関ホールに置かれた柱時計が15時の鐘を鳴らす。

コーヒーでも入れて差し上げれば、少しは回復してくださるだろうか。


「お帰りなさいませ、透哉様。昴様も、いらっしゃいませ」

「ああ、帰った。兄貴、居たのか」

「うん、急に時間ができてね。ナギを借りていたよ」

「東輝さんお久しぶりです」

「うん、昴は変わらないね」


美形三人が集まった場面は、一枚フィルターを通してみればとても眼福だろうが、間近で見るときらきらしい。少しだけ目を背けたくなった。

一通り雑談を終え、透哉様が脱いだ上着を差し出されたのでそっと受け取り、私は部屋へ向かう透哉様に付き従う。昴様も言わずもがな、東輝様はまだあそこで時間を過ごすからといって歩いていった。

心なしか、楽しそうなのは。家族を大切にしているあの方が、久しぶりの休暇をどんな形であれ満喫できているということなのだろう。今日はもしかしたら、久しぶりに星城一家勢揃いの夕食になるのかもしれないと思いながら、私は透哉様の部屋にコーヒーを運ぶことにした。

透哉様のお部屋で、コーヒーを飲みながらくつろぐお二人は、今日のことを話し始めた。連れられて行った先は、昴様と透哉様の共通の知り合いのお茶会だったようだ。若い男女を集めてお茶を楽しむ――、一般庶民的にいうなら、合同コンパのアルコールなしバージョンというものだろうか――に行っていたようで、なにぶん家同士のつながりの関係で断り切れなかったために渋々言ったようだった。

それはそれは、楽しくなかっただろう。なにせ、星城家と樫木家というのはトップにあたるほどの由緒正しい家柄。その息子たちとなれば、目の色変えてアピールするには十分だろう。家の安泰はもちろん、美しい男を手に入れられるという自尊心を満たされる出来事。

全く、御曹司というのも楽ではないのだなと思いながら私は、内心苦虫を噛んだような顔をしながら表面ではクールに、かつ冷たくならない程度に愛想良く女性たちに接する透哉様を思い浮かべて笑った。近くで見れないのが残念だった。――といっても、近くに行けと言われれば行きたくないですと、固辞するのだが。私には位が高すぎるのだ。一介の、一般家庭以下の出自の使用人が出て行っていい場所ではないし、出るつもりもまるでない。


「お疲れさまでございました。甘いものでもご用意いたしましょうか?」

「わあ、ナギちゃん気が利くー」

「……ナギ、コーヒー」

「かしこまりました。お菓子も持ってまいります」


だが、まあ。一日休めると思っていたのに急に連れていかれて精神を削られたらしい私の主が、とてつもなく疲れているようなので。

料理長にとっておきのチョコレートを出してもらうことにする。

――この高級チョコレート、透哉様の大好物である。意外に甘いものは嫌いではない主は、機嫌がいいと私の口にもチョコレートを放り込んでくれる。

これで少し機嫌を直し、あわよくば私にもくれないだろうかと、あさましいことを考えたからのチョイスでは、ない。断じて。







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