告げる後悔
「なに? 花折神社で惨殺だと?」
高時は義信の報告を聞きながら眉を顰めた。
「はい、更に昨晩は辻で二人。同じように滅茶苦茶に斬られて殺されていたそうです。権禰宜一人が行方不明で、どうやら奉納された刀剣一振りが無くなっているとかで」
「奉納された剣か……。誰が奉納した物か分かるか?」
「いえ、それが記録にも名は書かれておりません。神社の関係者全員が殺されていますので、詳しくは……」
「そうか」
「ただ……」
言い淀む義信の顔は少し苦渋の表情で、高時は訝しげに首を傾げて義信をひたと見据えた。
「ただ、何だ?」
「は……。あの、これは違うかと思いますが、その、一応……お伝えしておこうかと」
「もったいぶらずに言え。何だ?」
「はっ……」
それでも切れ味悪く言い淀む。
今度は促さずにじっと義信が話しだすのを待つ。沈黙が落ちて、耐えかねたように義信が重い口を開いた。
「その……記録によると剣が奉納されたのは、昨年の春だと記されております。一年半ほど前だと……」
片膝を立てて頬づえをついていた高時がハッとして顔を上げた。
「ま、まさか……」
驚きに目を見開いている高時の表情を見た時、義信は己が告げた言葉を後悔して、そっと目を閉じた。
(……告げない方が良かった)
いずれ分かってしまうことだとしても、はっきりとしない状況で告げるべきではなかったのだと後悔した。
「……義信。俺は……」
「いけません、高時様。今はその刀剣の行方も権禰宜の行方も分かりません。夜出歩いてはいけません」
「だが義信、その剣はもしかしたら……」
「いいえ、今は何の確証もありません! 朔夜の消えた時期と同じだとしても、その剣が霧雨だとは限りません!」
ピシャリと叩きつけるように言われた高時は口をつぐむ。
しばらく睨み合うように互いに沈黙して、それから高時が吐息と共に小さな声で告げた。
「……だが、霧雨ならば妖刀だ。犠牲が増える……」
「京の守護を担う高時様です。お気持ちは分かりますが、あくまでも他国から攻め来る武将から京を守るのが高時様のお役目です。町の中の事は検非違使達に任せておくべきです」
「俺に指図をするな、義信」
静かな声で威圧する目は、殺気さえ漂う。睥睨するその目は、有無を言わさぬ強さで義信を押さえつける。
平伏した義信は強く奥歯を噛み締めた。
未だに強く高時の心を捕らえて離さぬ姶良朔夜と言う男を義信も思い返す。
どんな時もぶれずに真っ直ぐな目で、真摯な言葉を放つ美しく年若い男。
朔夜が去ったのは昨年の春のことだ。
高時は変わりなく強く人を惹きつけながら支配を強めて、今や京から東をほぼ制圧し抵抗勢力はなくなった。あとは一丸となり盛一成と決着するのみだ。
忙しく走り回り、時には休み無く遠征し、合間には公卿との付き合いも欠かさない。今に倒れるのではないかと思うほどに働いているが、時々糸が切れたように倒れて眠る。
深く眠った後には物思いに沈んだ顔でぼんやりしている。
義信は知っていた。
以前、章時から聞いたのだ。
朔夜に失策の咎として、焼き付けた割り符用の焼き印を後生大事にしまっていると。
朔夜の肩に深い火傷を負わせた美しい意匠の焼き印。
その焼き印をぼんやりしている時に取り出して眺めているのを見たことがあった。
だから高時の心が朔夜の元にあることを知っていたのだ。
それなのに報告してしまった自分に後悔した。