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もどかしさ


 秋晴れの朝日の中に、あまり似つかわしくなさそうな男がぶらりぶらりと歩いているのを、不機嫌そのものの城山が後ろから呼び止める。

「おい、昨晩のはお前らの仕業か?」

 振り返った男が陽射しを受けて眩しそうに目を細めながら、咥えた煙管きせるから煙を吐き出す。それからゆるゆると首を傾げる男、あかつき紅波くれはが笑みを口元に浮かべた。


「……朝から不機嫌そうだな」

「ふん、夜遅くまで夜盗を追っていたからな。あれはお前ら金造きんぞう一家の差し金だろう」

「夜盗? なんのことだか。全く身に覚えがないなあ」

「シラをきるな」

「夜盗の奴がそうとでも言ったのか?」

「……いや。だが盗みに入られた伊勢屋いせやの女主人が、数日前にお前にうっかりとお宝の在処ありかについて口を滑らせたかもしれぬと言うておった」

「へえ……? そうだったかな。ねやでの睦言むつごとなどいかほどにも覚えてはないからなあ。あの色ボケ女は男好きだから、他にもいろんな男を飼ってるからそっちにも聞けよ。とにかく俺は知らねえよ」


 ゆっくりと煙管を口に含む仕草にいやに色気があり、それが城山をイライラさせる。

 風に流された甘い煙草に匂いに顔を顰める。


「異な事を言うな。お前ら手下の奴が、男だろうが女だろうが色香でたぶらかして、お宝の場所を聞き出すのは金造のやり口だってことぐらい分かっている。そうして盗んだ物を売りさばいているんだろうが。言い逃れはさせないぞ」

 くっと喉の奥で笑った紅波が手にしている煙管をクルリと回して吸い口の先で城山の顎をくいと持ち上げて、切れ長の印象的な瞳で見つめてから甘い煙を吹き付けた。

「そう思うのなら、あんたも俺と寝てみるか? 噂の真偽を確かめてみるか?」

 目を見開く城山の顎から煙管を外すと、またクルリと手の中で回してゆっくりと口に咥える。

 くつくつと面白そうに笑う男を城山は憎しみを込めた目で睨む。


「……絶対にお前達だろうが」

「おやおや、そう言うのを言いがかりってちまたじゃ言うんだぜ」


 じゃ、証拠を待っているよと言いながら背を向けると歩き出した。項で緩く結んだ緋色の紐が漂うように揺れるのを、睨み付けながら背中に言い放った。

「いつか尻尾を捕まえてやるからな!」

「楽しみに待ってるよ」

 立ち止まって振り返った紅波が紫煙をくゆらせて蕩けるような笑みを浮かべた。

 一瞬、息を呑んだ城山だが、紅波を呼ぶ女の声に気がついて目を逸らせた。

 女は紅波に腕を絡ませながらも城山の姿に気がついて、しばらくじっと立ち竦む城山を見ていたが、紅波の腕を引くようにそのまま背を向けて離れて行ってしまった。


 甘い煙と香りを残して去ってしまった二人の背を見送りながら「くそっ」と悪態を吐きながら己の顔にまとわりついた匂いを消すように乱暴に顔を拭った。それから小さく呟く。


「……香弥かや……」


 紅波の腕にしなだれかかる女の名は香弥。

 妖艶で崩れた雰囲気が男を誘うが、何よりも化粧など必要がないほど美しい顔をしている。

 城山と年は変わらない。去りゆく二人の姿が似合いに見えるのが、城山には堪らない。


(あんな得体の知れない男になど香弥を渡す訳にはいかない)


 ギリギリと音がするほどに奥歯を噛み締めるが、今の城山にはどうする事も出来ない。

 香弥が城山を嫌っていることは充分承知だったし、遊女まがいの女と一緒になれるほど己の家格は安くない。

 だが城山は香弥が気になって仕方がない。本当は一刻でさえも金造などの怪しげな所には居させたくない。

 しかし肝心の香弥本人が城山には絶対になびかないのだ。


 ――どうしようもない……


 震えるのは握った拳。

 女の為に全てを捨てられない己の狭量。

 細く白い足首が頼りなげに男を支えに歩くのを、見ているしかない己に唇を噛み締めた。


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