駆け続ける龍
静かに瞼を伏せ、それからゆっくりと目を開けた朔夜が僅かに柔らかく笑んだ。
あまりにも穏やかで綺麗なその笑みに高時は息を飲み込み絶句した。
常に緊張を身に纏い、人を寄せ付けない獣の習性で鋭い気を放ち続けていた朔夜の、それはあまりにも柔らかい微笑みだった。
――適わない。
いつでも予想を超えるこの生き物には適わない。
人はこの獣の前では誰もが魅了されてしまうのだろう。
まるで高貴な猫のようであり、牙を隠した虎のようであり、鋭く斬り込む鷹のようでもある。
見てみろ。
龍堂軍の中でも誰よりも年若いこの男を慕う者の多いこと。
敵対感情を持っていた城山を。
金造だってそうだ。
そして国元に捕らえているあの美濃の男さえも。
皆、朔夜に惹かれているだろう。
そんな男を手元に置ける俺は誇らしい、と高時も口元に笑みをはいた。
きっと、彼の強さとしなやかさを兼ね備えた剣を見れば、内大臣も籠の鳥として朔夜を飼おうなどと思うまい。
そうして兄弟との思いを越えて、「姶良朔夜」と名乗る男に魅了されるはずだ。
龍堂軍の姶良朔夜だとーー
そう名乗ることに価値があるのだと思わせてみせる。
いつか誰もが満たされる道があるはずだ。
盛とは緊張関係は緩まっているものの、結局同盟の約定が進んではいない。
佐和姫を送れなくなり、ほぼ破局状態になっているのが現状だった。
「章時、朔夜。いずれ盛とは遠からず大きな戦になるだろう。だが、その先にきっと誰もが親兄弟で相争わず、無体に戦で討ち死にして親を亡くす子供がいなくなる、そんな時が来るはずだ。いや、必ず俺がそれを実現させてやる。兄を身内の争いで失ってからずっと願ってきたことだ。これから一気に走り出してやる。付いてきてくれるか?」
力強い眼差しで二人を交互に見つめると、無言のままで頭を下げる二人の男。
庭を見遣る。
もうすぐ年が明ける。
雪が降り始めた庭には木々の枝に白い縁取りがなされて美しい。
けれど駿河から見る富士の峰の美しさにはどんな景色も適わない。
勝って必ず戻るのだ。
美しいあの国に戻る。
天下統一を果たしたと、胸を張って父母に、兄に告げるために俺は駆け抜けてやる。
若き龍は今、まさに天に向かって駆け上ろうとしていた。
静かに雪が舞い落ちる京の年の瀬のことであった。
完
ここまでお読み下さりありがとうございました。
「戦国を駆ける龍」はここで完結です。
いつも更新のたびに読みに来てくださる方、まとめて読んで下さる方、
皆様が更新の活力となっておりました。
深く感謝いたします。
完結までたどり着けたこと、とても嬉しく思います。
実はこのシリーズ、四部構成で構想をしておりましたが、
この先は、少し趣きの違うものになるので、
投稿するかは今のところ未定です。
志岐のことや朔夜のその後、等々をできれば全部書ききりたいのですが、
今は予定は未定となっています。
ですので、一応これで完結とさせていただきます。
長らくお付き合いありがとうございました。
全ての皆様に感謝を込めて
寿 葛