光
届いた書簡を手にしたまま高時は深く眉を寄せた。
隣に座る章時には分からなかったが、思うところのある朔夜は高時と同じように眉を顰めて志岐から届いた書簡をじっと見つめた。
「志岐が……垂水を抜けたそうだ」
「えっ……抜けた? それはどう言う意味でしょうか?」
呻くように呟いた高時の言葉の意味を受け取れず章時が聞き返した。
「つまり我らの元から去るのだと、そう告げている」
言いながら手紙を章時に手渡した。
貪るように志岐の手紙を章時が読むのを静かな目で朔夜は見ていた。
それに気がついた高時が問いかける。
「朔夜、お前はやたらと志岐に会いたがっていたが何かを知っているのではないのか? お前を説得に向かわせたが、その時に何かを聞いているのではないのか?」
「何かとは?」
「志岐が訳もなく垂水を抜けるはずがない。忍び衆にとっては抜けることは死を意味すると聞いている。余程の訳がなければ易々とこのようなことはするまい」
「そうだな……。いくらか話は聞いている。だがそれは俺の口からは言えない。志岐の事情だ。あいつは本気で高時の事を慕っていたから、これがどれほどの苦渋の決断なのか、一度同じ思いをした俺は充分に知っている。どうかこのまま行かせてやってくれ」
「同じ事を……言うのだな。志岐も、お前が去った時に同じように、このまま探すなとそう請われた」
「……そうか。あいつは俺に……自分はもうすぐ高時の元を離れるかも知れないから、側に戻って欲しいと言っていた。義信のこともあった後だからと、高時のことをとても心配していた。決してお前を裏切るつもりではない。それだけは信じてやって欲しい」
「……分かった。並々ならぬ事情なのだろう。朔夜が偽りを言うとは思ってはいない。俺は朔夜も志岐も信じている。そして義信の事も、信じている」
高時の目は落ち着いている。
朔夜は真っ直ぐに見つめてくる彼の瞳を受け止めながらそう思った。
二年前に揺れていた自信のなさからくる威圧や無理な背伸びがなくなり、とても自然に振る舞っていながらも、身の内から上に立つべき者としての存在感が存分に溢れ出ている。
離れている間に高時は成長したのだ。
一人で多くの国々を治めて多くの人を使い、その生死をも握る責任を負うことへの覚悟と恐れと、それを恐れないだけの強靱さを身につけたのではないか。
たった二年だったはずだ。
だが自分が死んだように生きていた日々の中でも、この男は大きすぎる責務から逃げることもなく向き合って成長を続けていたのだ。
そう思えば一種感動さえ覚えた。
人は、成長し続けるのだ。
逃げた自分が恨めしかった。
逃げても人は生き続けるしかない。
だが常に後悔しながら生きていたってそれでは死んでいくのを待つだけの日々になってしまう。
どんな苦しみや苦難が待ち受けていようと目を逸らさずに見据えながら乗り越えること、それを怠った苦しみは、全て己に戻ってくるだけだ。
――ああ、高時は光なのだ。
改めて思う。
身体に受ける痛みや苦しみなどいくらでも受け止められていたくせに、心に受けた苦しみに耐えきれず投げ出した。
そして結局闇に落ちた。
今、光の前に戻って闇を自覚する。
どうか、と願う。
志岐が闇の道を歩かずに生きていられるようにと。