凛々しき若者
数日後、城山は高時に呼び出されて龍堂の邸へと赴いた。
もうすぐ年の瀬の忙しない町のざわめきと同じくらいに忙しそうに大工が再建に勤しんでいる邸の中で、そこだけは別の世界かのように静まりかえっていた。
高時の隣には日置章時が控えている。
その高時が機嫌良く城山を見て言った。
「この忙しい時期に呼び立ててすまなかったな。これから摂政の邸へ行くからついて来い。俺からも取りなすが、摂政か内大臣から朝廷へ取りなしてもらって穏便にお前を俺の所へ貰い受けるようにしたいと思っている」
「摂政家の取りなしを?」
「ああ。お前の功績を考えればそれくらいの取りなしくらいしてもらえるだろう」
「功績?」
何の話なのか先が見えない。
摂政家と高時が親しくしているのは知っているが、城山自身はなんの関わりもない。
不審な顔をする城山を見て高時が笑った。
「そうか、話が見えてなかったな。すまぬ。実はな、内大臣が以前から朔夜……つまり紅波を探していたのだ」
「紅波を、内大臣が何故?」
「それはな――」
言いかけた時に奥の間の襖が開いて一人の男が入ってきた。
きっちりと着こなされた上質の絹の着物と袴がとても似合う若い武者だ。
きりりと結い上げた髪は柔らかそうな茶味を帯びて、いかにも清廉そうであった。
その男がその場に座るが、その所作には無駄がなくいかにも洗練された感が漂っていた。
(誰だこの若者は……)
横目で見て城山はふと気がついた。
「えっ?」
今度は顔を向けてじっくりと男を見つめ直す。
すると男は鋭い瞳で城山を睨み付けた。
「そんなにジロジロ見るな、城山」
「あ、暁の……お前か?」
到底同じ人物には見えない。
確かに顔は暁の紅波と同じように見えるが、放たれる空気が違う。
髪型の違いはもちろんだが瞳の鋭さが違った。人とは身なりの違いでこんなにも変われるものなのかと唖然として紅波を見つめた。
そんな城山の不躾な視線に少し不快そうに眉を寄せて、それから顔を高時へと向けた。
「待たせて済まない。準備が整った」
「ああ、では参ろうか。内大臣もお待ちかねだろう」
まだ驚いている城山に、高時は笑いながら告げた。
「余りにも『暁の紅波』と違っているから驚いているのだろう。だが本来の姿はこちらだ」
「本来も何もない。俺は俺だ。変わりないさ」
紅波が口を挟んだが、鼻でふっと笑って続けた。
「これからは『暁の紅波』ではなく『姶良朔夜』と呼んでやってくれ。それがこいつの名だ」
「あいら、さくや?」
「そうだ。龍堂軍の一軍を率いる大将で俺の側近、姶良朔夜だ。しかも生意気で飼い慣らせぬ獣よ」
「二度とその名で呼ばれるとは思いもしなかった。捨てた名だったからな」
「お前が捨てたものは俺が全部拾ってしまっておいてやったから安心して受け取れ」
紅波の言葉にそう言って笑った。
正直驚いた。
この若さで一軍の大将だと?
いや、ここを離れたのが二年ほど前だと聞いた。となると十五歳になる前のほとんど子供の時に一軍を任されていたと言うのか?
あの無敵の龍堂軍の?
それは余程の寵愛の贔屓を受けなければ与えられない地位だろう。
紅波は違うと言ったが、きっと高時は紅波をよほど贔屓にしていたとしか思えない。
近親者でもなくただの浮浪児にこの待遇は破格でしかない。
しかし、と城山は考える。
この容姿だ、気に入られていても納得だ。
城山はすっかり変わった紅波の横顔を見て頷いた。
高時に続いて章時も立ち上がり、そして紅波、つまり姶良朔夜が続く。
その後ろを黙って城山は歩いたが、庭から数人の若い男が駆けてきて高時の前で膝を付いた。
「高時様! そちらにおられるのは!」
「そうだ、お前達。朔夜だ。朔夜が戻って来た」
はっと男たちが顔を上げて立派な姿になった紅波を見た途端に、「わあ」とも「おう」とも何とも言えない声を上げて紅波の傍に駆け寄った。
「姶良殿、我々一同……待ちこがれておりました!」
「ああ……夢のようにございます! また姶良殿の下で戦えるのですね!」
「皆、首を長くして待っておりました」
遂に男たちが涙を流す。
少し面食らったようだったがすぐに紅波は息を整えて男たちの前に跪いた。
「長い間待たせたな。皆息災だったか? 済まなかった」
「姶良殿……」
泣き崩れる男たちに声を掛けた紅波の顔は、城山が今まで見たことのない顔をしていた。
悲しそうで嬉しそうで、それでいて困惑しているような例えようのない表情だが、放つ気は穏やかだった。
こうして見ると、主君の寵愛で一軍を任されていたとしても、部下をかなり上手く手懐けていたようだ。
城山はそれも紅波の整った容姿のせいだと思った。