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美しい刻印

 先程茶室で目にした焼き印がくっきりと現れた。


 間近で見たその刻印は、きっと酷く焼かれた痕なのだろうが、なぜかそれは彼を飾るための美しい装飾に見えた。


「こいつは高時が俺に押した焼き印だ。これを押された時、俺は気を失ってしまったが今でも鼻の奥に自分の肉の焼け焦げる匂いがこびりついているんだ。痛みも何もないのに、時折この痕が疼いて仕方ない時がある」


 着物を元通りに戻しながら、城山に向き直って続けた。


「これを押した時、高時は確かに俺を憎んでいたはずだ。俺はあいつに惹かれながら飼い慣らされることを恐れていた。この心地よさに慣れてはいけない。慣れてしまってはもう全てを失った時に一人で生きては行けなくなってしまう。そんなかたくなな俺の気持ちが高時を傷つけて憎しみを生ませた。あいつを受け入れもしないくせに、俺は変わってゆくあいつを許せなくて、俺を捨てようとするあいつを見るのが怖くて……だから自分から勝手に逃げ出したんだ」


 そっと肩の刻印のある場所に触れた紅波は、痛みを堪えるようにまぶたを閉じた。


「身を裂く痛みに耐えながら離れたのに、結局はもう手遅れだった。一度でも味わった幸福の記憶は消えなくて、一人で生きていても死んでいるのと何も変わらなかった。息をしているのかしていないのかさえも俺は分からないままだった。もう高時の名を噂で聞くのも嫌だったんだ。グズグズと苦しみが甦るから。……互いの間にあったのはきっと憎しみだ。愛だなんだと、そんな綺麗なものなどない」


 きっと壮絶な過去がこいつには眠っているのだろう。


 話せばたったこれだけのことだが、肉を焼かれたことや、さっき見かけた肌に残る刀や矢の傷跡。

 ただ漫然と生きている下らない男だと思っていた紅波の中に、そんな過去があったとは信じられない思いだった。

 だが、城山は真摯に全てを話しているこの男に伝えてやりたい言葉が浮かんだ。


「憎しみと愛とは表裏一体だ。きっと龍堂殿はお前を、お前はあの方を、互いに深く思い合い過ぎていたんだろう。それが綺麗でなくてなんだと言うのだ。お前がなくしたものを思い続けて足掻き苦しんだ二年間は、きっと龍堂殿にとっても同じように苦しんだ二年だったはずだ。あの茶室での痛いほどの本気を私は龍堂殿から感じた。あれほど足掻いて苦悩する人を私は見たことがない。醜くて、そして美しかった。己の心を偽らないあの足掻きが震えるほど美しかった」


 城山の言葉に紅波は黙って目を見開いていた。

 いつでも冷静でいて人を見下す話し方しかしない城山が、ほとばしるままに言葉を紡ぐのをただ黙って聞いていた。


「偽りのない心を晒すのはなんて恐ろしいことだろう。人は沢山の殻で何重にも覆って自分の本当の心を隠して生きている。私は臆病者だ。その殻の一枚だとて剥ぐのが恐ろしくて仕方がない。だが、あの龍堂殿の剥き身の心は私の気持ちを動かした。だから――」

 まるで己の中の何かに誓うように小さく頷いてから拳を固く握りしめた。


「だから、私も醜く足掻いてみようと思う」

「え?」

「香弥に……」

「香弥に?」

「香弥を手に入れる為に足掻いてみたい。黙っているのはもうたくさんだ。いや、香弥のことはもちろんだが、それと同じほどに龍堂高時という男に惹かれた。あの人の側近くで生きていきたいと私の本能が訴えている。手綱を牽かれ尻尾を振り続ける私が、手綱を咬みちぎってでも付いていきたいと思えたのだ。あの方の放つ光には抗えない」

「城山……」

「以前から気にはなっていたんだ。ある意味嫉妬にも似ていたな。だが今日はっきりと気がついた。私はあの人に惹かれているんだとな。私も幾ばくか人の上に立ってきたから分かる。龍堂高時という人物はたぐまれなる資質を持っている。人を従え、人を制するだけの器を持つ男だ」


 城山には家がある。

 そこには母も父もいる。

 もし龍堂に付き従うとなればどのような咎を受けるか分からないだろう。


 しかしそれでも尚、高時に仕えてみたいと思う心が押さえきれなくなっていた。

 いっそ言い放って晴れ晴れとした気持ちになっているのを自覚した。

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