向き合う刃
嘘偽りのない朔夜の言葉に満足出来なかったのは、肯んぜない幼い心だった。
自分は子供過ぎたのだ。
今でも朔夜を欲する気持ちに変わりはない。
いや、以前よりも強く求めている。
あの頃、もっと自分から朔夜を逃がさないように動かなければならなかったのだ。
己の体裁や自尊心を第一に考えていた意地っ張りの子供でしかなかったのだ。
朔夜の事を一家臣でなどないと言いながら、従ってくれるのが当然だなどと考えていたのだ。
着崩した青い着物に赤い帯が目立つ男は、決して以前の朔夜からは想像出来ない姿であったが、茶碗を前にして真摯に戸惑うのは、変わらぬ偽り無き魂を持っていることを如実に表していると思えた。
――迷うな、朔夜。
願うようにぐっと力を目に込めてすっかり様変わりした姿の男を見つめた。
その視線に気がついたようにふと目を上げた紅波が、戸惑いを顕わに瞳を揺らせた。
高時は無言のままですいと立ち上がると茶道口に戻り、そして手に刀を持ち茶室へと戻る。
「茶席での無礼を許せ」
言いざま手にした刀を素早く抜き放つと、その切っ先を戸惑いながら見上げる紅波へと向けた。
「この茶、飲まぬのならば俺がこの刀でこの茶碗を壊してやる。その後お前も斬り捨ててやる」
絶句して見上げる紅波との間に慌てた城山が割って入る。
「りゅ、龍堂殿、どうか不作法はお許し下され。この者を連れて来たのは私です。どうかこの者の不作法、私に免じて許してはくれませぬか」
「……城山、おぬしはこの男を亡き者にしたいのではないのか? 庇い立てする必要はない。口出しは許さぬ」
静かな威圧にぐっと詰まった城山がそれでも言い募ろうとして口を開き掛けた時、紅波が掠れた声で聞いた。
「なぜ……なぜ俺を……」
「なぜだと? お前は『暁の紅波』などではないからだ。そうやって生きることを俺はもう許さない」
唇を噛み締めた紅波を見下ろしながら、刀の切っ先の背で紅波の顎をぐいと持ち上げる。
迷いのない強い目をしている高時を暫し息を止めて紅波が見つめる。
城山は完全に抜き差しならない緊迫した空気に飲み込まれてしまい、動きを止めて息を潜める。
「俺は……お前を……」
紅波が言いかけた途端、顎に当てられていた刀が向きを変えて紅波の首筋を狙って振り下ろされた。
ガッと音をさせて高時の刃は紅波の懐にあった煙管の雁首で跳ね上げられた。
次の瞬間には身をかわしながら背後に置いていた刀を抜き放って高時へと切っ先を向ける。
「紅波! やめろ!」
さすがに城山が顔色を無くして叫んだが、紅波の動きが速すぎたため止めることもできなかった。
「それ以上俺を拒否する言葉など言わせない。そんなものを告げるお前ならばここで死ね!」
「待て、高時!」
狭い茶室で振り下ろす高時の刀は本気で紅波を狙っている。
一方の紅波は刃をかわすだけでだんだんと追い詰められていく。
城山が高時を背後から羽交い締めにして動きを止めるが、それを力ずくで振り払って追い詰められた紅波の刀を弾いてから胸ぐらを掴み上げた。