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 今にも雨が落ちてきそうな空模様だったが、摂政家せっしょうけに到着する頃にはすっかりと雲は払われて清々しい秋の高い空を見せていた。

 その澄んだ空気を深く吸い込んだ高時はゆっくりと辺りを見回した。


 幾度か訪れたことのある摂政家の庭は、手入れされてはいたがこの財政難のご時世、少々手が回りきれていない感は否めない。

 紅葉の宴に招かれてはいたが、高時を後ろ盾にしたいとの思惑溢れる公卿の面々の媚びへつらいにうんざりしながら酒を飲むことに、毎度ながら反吐へどが出そうだった。


「少々酔いが回ったようです。少し風に当たってまいります」


 隣に座る摂政の藤原道親ふじわらのみちちかに断って座を後にした高時はふらりと庭に降り立ち、東の対屋たいのやの方へと足を運ぶ。

 宴席の楽の音が切れ切れに風に乗って流れてくる。


 宮中の権謀術策の噂は充分に知っていたし、この二年近くで色々と高時自身も身をもって知った。

 美しい紅葉でさえ思惑に絡め取られているように思えてくる。取り入りたい人だけを招く薄汚い欲望に利用され穢された紅葉が憐れだ。

「面倒くさいことだ」


 影で人の噂をする。陰湿なほどの根回しをする。言葉と心の中が正反対である。笑いながら人を陥れる。どれも今まで生きてきて、こんなに度を超した人の裏表を見たのは初めてで、最初の頃は建前の言葉に翻弄されたことも多々あった。

 腹黒く喰えない武将とも渡り合ってきた高時も、さすがに公卿らの不可思議とも思えるほどの考え方に四苦八苦した。

 今も、愛想笑いばかりで中身のない話をし、そのくせ人の中から何かをえぐり出そうと探る目をしている公卿どもに疲れたのだった。


 庭先で溜息を吐いた高時の目の端に飛び込んできた人影に、何気なく目を向けた瞬間、高時はそのまま凍り付いてしまった。


「……さ、さ……」


 言いかけた言葉を押し込むように飲み込んだ。


 その人影はこちらには気がついてないようで、そのまますいと部屋の中へと消えた。

 紅葉の赤にも負けぬような鮮やかな絹の衣と華やかさを纏った公達だったが、一瞬見えた横顔が、あまりにも似ていた。


 だが居るわけはない。


 身なりは若い公達。

 こんな場所にいるはずがない。

 だが似ていたのだ。

 見間違える事のない怜悧で綺麗な横顔。


 ――朔夜!


 名を叫びそうだった。


 だが一度口に出してしまうと、もう感情が止められなくなりそうだった。


 失ってしまったその存在を、未だに心の奥底で痛みを刻み続ける存在をこの手に取り戻したくなる。

 恐怖に近い感情が湧き起こり手が震える。


「高時様?」

 甘い声に、はっとして振り返る。

 供として付き添って来ていた義信の表情が動いて心配そうな怪訝そうな色を浮かべた。

「……何かございましたか?」

 決して口に出さないと心に決めていた名が零れて落ちてしまった。


「……朔夜が……そこに……」


 義信が息を呑んだ。

 それから拳をぐっと握りしめてから高時の方へと一歩踏み出す。

「高時様……このような場所に、朔夜のいるはずはございません」

 目を背けて黙り込む高時に向けて、もう一度強い口調で告げる。

「酔われているのですね。そろそろ邸に戻りましょう。摂政殿にご挨拶に参りましょう」

「酔って……。酔って? そうか、そうだな」

 額に手を当てて頭を軽く振ると鈍い頭痛を感じる。思ったより酒を過ごしていたのかもしれない。

 彼と近しい年頃の青年公達を見間違えたのだろう。


 ――我ながら情けないことだ……


 自嘲じちょうして笑うと、義信を従えて歩き出した。



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