茶室
部屋の中には大きな火鉢にたっぷりの炭が熾されて暖かくなされていた。
さらに奥に続きの間があるが、閉められた襖の奥はうかがい知る事は出来ない。だがしんと静まりかえった部屋から微かに音が聞こえる。
紅波はまるで耳を澄ませているように瞳を閉じている。
しゅんしゅんと。
奥の部屋からかすかに聞こえる。
釜に掛けられた湯が立てる音。
松風と呼ばれるその音に城山も我を忘れたように耳を澄ませた。
「高時様が茶を振る舞われます。どうぞ奥へお入り下さい」
背後からそっと遠慮がちに章時が声を掛け、振り返った紅波の驚きに見開いた目が章時の瞳とぶつかった。
「……俺は遠慮する」
逃げだそうとする紅波の腕を、掴んだままだった城山が強く引いた。
「作法など気にするな。とりあえず私の側に座っていればいい」
紅波は僅かに首を振って抗うが、抵抗する力は抜けきっていて、城山の腕によってそのままずるずると引き摺られて襖の向こうへと連れ去られてしまった。
*
紅波はそのまま立ち竦む。
奥の間には想像していた通りに茶室があった。
入って正面にある漆塗りの台子に見事な釜が掛けられて今を遅しと湯がたぎっている。
水指しは美しい青が印象的な青磁、掛け軸は見事な水墨画で舟が一艘描かれている帰帆の図。
そこに一輪だけ赤い椿が生けられていた。
ここにある茶室は二年前にこの邸にあった高時の好みのものとは趣が異なっていることに紅波はすぐに気がついた。
これは駿河本城にある茶室に似た設えになっていた。
静かに息を飲み込む。
取り戻せない懐かしい雰囲気と、焚きしめられた香りに胸が締め付けられて思わず目を伏せる。
茶道口が静かに開かれて正座して座る高時が頭を下げた。
正客座に座る城山が紅波の手を引いて座らせてから高時に向けて頭を下げた。
――変わらない姿を見てはいけない。
自分から拒絶した主だ。
凜とした姿も、溌剌とした生に溢れる姿も、良く響く大きな声も、どれもが胸の奥深くに焼き付いて離れないのに、今、またその姿を間近で見てしまえば、あの日の後悔を深くするだけだと分かっていた。
分かっているのに、目はその人を見ようとしてこの瞼を上げようとする。
「恩人であるお二方に茶を差し上げたく存じます」
丁寧な口調で告げてから高時が再び頭を下げた。
その声に引かれるように紅波は瞼を上げて茶道口に座る高時に視線を宛てた。
ゆっくりと頭を上げた若き龍の目が紅波の視線と絡まりぴたりと止まった。
どれくらいの時間を睨み合っていたのか、それはほんの僅かだったのかもしれないが、紅波の背にはうっすらと汗が浮いていた。