不自然の影
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紅波を呼び出した城山は、人気のない場所まで歩いてから徐に振り返って紅波をきつく睨み付けた。
「暁の、お前に聞いておきたいことがある」
「何だ?」
相変わらず人を小馬鹿にしているように、そっぽを向いて煙草をくゆらせている。
その姿に小さく舌打ちしてから城山は視線を紅波の腰に落とした。
不審な人斬り事件は、あの日城山が男を捕まえて以来ピタリと終わった。
男は自分が何者なのか、そして何をしていたか全く覚えていないと言い張り、どんなに拷問にかけても、詰問しても、本当に何も記憶が無いようだった。
城山は一つの可能性を考えていた。
紅波の奪って行った刀。
どうにもそこに原因があるような気がするのだ。
「お前が奪ったその刀、そいつは何なのだ?」
「これか?」
刀の柄を握りしめると、城山に見せつけるように軽く揺すってみせた。
「人斬りをしていた男は、刀を持っていた時の記憶が一切ないと言い張る。それに調べで分かったが元々はけちな商売をしている男だった。とても刃物を扱える奴ではない。それがいきなり残虐な人斬りになる。どう考えても不自然だ」
「だから原因がこの刀の方だと? 呪われているとでも?」
「……そこまでは……」
しばし躊躇するような顔をしてから、だが、と続ける。
「なぜお前はその刀を奪って行った。それに龍堂殿がその刀の行方を気に掛けておられた。なぜだ? お前は何か知っているのだろう」
「高時が……刀を?」
口の中で小さく呟いた紅波の言葉は城山には届かなかった。
そこに重たい沈黙が落ちる。
城山も紅波もじっと黙ったままで向かい合っていた。
「城山……」
顔を上げた紅波の目は何かを決意した強い瞳だった。
その光に射すくめられた城山はなぜか息が苦しくなった。まるで野獣にひたりと狙いを定められたような、野蛮な視線だった。
「城山、お前龍堂高時に仕えてみないか?」
「……は?」
「お前ならきっと気に入られる。それに――」
「なっ、お前、なに馬鹿な事を言っているんだ!? 私は帝をお守りする為の代々由緒正しい家柄の武士だぞ!」
「そんな事は知っている。だがそこに留まる限り香弥は手に入らないぞ」
「っ……」
痛いところを突かれた城山の顔が歪んだ。
唇を噛み締めて横を向く。
「香弥が許せないのはお前じゃない。公卿に尻尾を振る武士だ。そこにお前がいる限り、溝は無くならない。いつも俺を目の敵にしながら、いつまでそうしているつもりだ。動きもしないで不平をたらたらと。いい加減俺も迷惑だ。龍堂高時はその内にこの国を制覇するだけの男だ。損はしない、それだけの器を持っている男だ」
「紅波……お前は龍堂高時の事をやたらに持ち上げるのだな。まさか知己なのか?」
最近金造と龍堂が付き合いを始めたことは噂で聞いたが、そこに紅波が絡んでいるかどうかまでは知らない。
どこか不自然なものを感じる。
高時は紅波を殺すことをやけに切実に禁じたし、紅波は先日、我が身を省みずに龍堂の邸に駆けつけて高時の命を救った。
どこかに不自然さを感じているが、どこがと言い辛い。
紅波はそっぽを向いて煙管を唇にそっと挟み目を閉じた。
不思議にその横顔がいつもの軽薄さを纏っておらず、ある意味気品を立ち上らせて、それでいてとても幼く見えた。