ふとした興味
邸に帰った義信はすぐに高時に報告へ出向き、出会ったばかりの城山の事を告げた。
「ああ、聞いている。院が何やらお気に入りの北面の武士から選んだ精鋭だとか。容姿も良ければ武も教養もある男を選んでいるらしいな。その城山とやらも良い男だったか?」
胡座を掻いた膝の上に右肘を乗せて顎に手を当て面白そうに笑みを浮かべる。そんな仕草も二十歳になった高時には貫禄が漂う。
いくらか残っていた少年のような風貌も今は凛々しい青年となり、若いが誰からも一目置かれる存在として、自他共に認められるだけの器になっていた。
京にあり、第一と認められていることが高時を大きく育てていた。
院は天皇よりも力を持つ。院は今、北山に隠居しているが、まるでそちらが政治の中心であるかのように公卿が朝から訪れては院の指示を仰いでいるのが現状であった。
だが高時は年若い天皇を擁護したいと考えており、何かと困窮する宮中に物をせっせと運び込んでは援助していた。
多分、それが院は気に入らないのであろう。京の警護を任されている龍堂軍に対抗するように、自警団のようなものを作ったのだ。
その長を勤める男と遭遇したとの報告に興味を引かれたようだ。
「年は私と同じ頃と見受けられましたが、物言いは高圧的で厭味たらしく相容れない男でありました。しかし、仕事については出来る男ではないかと……」
「そうかそうか、院もただの色ボケで選んではいないと言うことだな。お稚児集団かと思っていたが、案外宮中の衛士たちも役立つのか」
「我々とは比べようもございませんよ。ただ城山なる男は、どうにも喰えないようです。今後関わりある時は油断めされぬように」
そこで話は変わり、佐和姫の様子を尋ねた。その途端に義信は眉を下げて困った顔を見せた。
「それがどうもこうも。都の娘どもが近頃騒いでいると言う『暁の紅波』なる者を見たいと出かけたのですが、偶然にもその男に姫が直接声を掛けられたようでして」
「ほほう。その『暁の紅波』の噂は俺の耳にも入っているが、大した色男だそうだな。女ばかりか男にもその色香をまき散らせているとか。金造だとか言う手広く何でも扱う商人のところにいるそうだな。それで? どんな男だった? 本当に男から見ても尋常ならざる色気を振りまいておったのか?」
「いえ、実は私が少し目を離した隙に話しかけられたそうでして、そこに城山が来てそ奴を追い払ったとの経緯で。私は直接には見ておりませんが、後ろ姿では女を二人連れておりました」
「そうか、佐和姫はどのように申しておった?」
いたく興味をそそられたのか、ニヤニヤと笑いながら義信に先を促す。
少し溜息を小さくついてから、困ったような目を向けて高時を見る。
「それが……。茫然自失ですね。もう、凄いいい男だった、と溜息ばかり吐いておられますよ。あんなどこの馬の骨とも分からぬような男に入れあげては困りますね。高時様からも何かご忠告してくださいませ」
「佐和姫のわがままに付き合わせて悪かったな。しかしあれが他の男に溜息とは、まあ悪いことではないか。俺もその暁の紅波とやらに会いとうなったわ。今度金造に何か売買の依頼でもしてみるか」
クスクスと、さも愉快な笑いを零す高時にムキになった義信が鼻息荒く床を叩いた。
「なりませぬ! 金造など怪しい男の商売に乗っては龍堂の名が折れましょうぞ!」
「しかし金造は買わない物、売らない物はないと言われるほど手広く商っておるそうだぞ」
「それが怪しいと言うのです! 噂では盗品などの裏取引もやっているそうで、客の求めに応じては、どこにあるかさえ分からぬ逸品まで取り寄せるとか。そんな怪しい連中に決して関わってはなりませぬぞ! 姫様もそうです。そんなところに居着いている男などに現を抜かされては困りますぞ」
熱弁を振るう義信に、しばし呆気にとられながらも小さく喉の奥で笑った。
「お前、いつから世話女房みたいになったんだ。本当に義信は良い男だ」
くつくつと笑いを堪えるように肩を震わせている。
「なっ!」
世話女房のようだと言われた義信は顔を朱に染めて言葉を飲み込んだ。それが善意の言葉なのか厭味なのかを計り損ねたからだ。
「まあとにかくだ、俺はその城山率いる院の自警団とやらが気になる。一度会うてみなくてはな」
話を切り上げると、明日に控えた摂政家の紅葉の宴に持っていく手土産を揃えるように義信に指示を出した。