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進言


 焼け残ったのは北にある奥向きの棟と東にある棟だけで、主に使っていた部屋は見事に焼け落ちた高時の邸は、今はまだ焦臭こげくさい匂いと焼け焦げた柱や屋根の残骸を惨めに晒していた。

 年を越すまでに出来るだけの再建をするために日に夜をついでノミやつちの音が響く。


 ずっとその様子を東の棟の桟敷さじきに座り眺めている高時の背後に静かに章時は座った。

 しばらく迷ったようにじっと黙って座っていたが、高時が話せ、とばかりにゆっくり振り返ったのを機に口を開いた。


「高時様は気付かれましたか? あの『暁の紅波』は――」

「分かっている。あれは朔夜だ」


 高時の目は静かに凪いでいる。

 それが章時には意外で思わず目をみはる。


 あれほど探し出すのを願っていた相手が見つかったのだ。

 どれほど喜び、そしてすぐにでも迎えをやるのだろうと思っていた。だがあの火事の日から数日経っても動こうとしない。

 きっとあれが朔夜だったと気がついていないのではないかと思い、高時に告げに来たのだった。


(なぜ高時様は朔夜を迎えに行かないのだろう。あまりにも姿が変わってしまったから失望されてしまったのだろうか。そうかもしれない。あんなに大人びて妖艶な姿になってしまっていたんだ。私はあんな姿の朔夜も素敵だと思ったけれど、きっと高時様はお気に召さなかったのかもしれない)


 ぐるぐると自分の思考に浸っていた章時は目の前で高時が自分の顔を見ながら小さく笑っていることに気がつくのが遅れて顔を赤らめた。

「あの、何か私、おかしな事を申しましたでしょうか?」

「いや、相変わらず色々と考えているのではないかと思ってな」


 章時には昔から自分の頭の中で色々と考えを巡らす癖があったのだが、近頃はかなり少なくなっていたのに、今、ついつい考えていたのを見透かされていた。


「済みません。つい朔夜の事を考えて……」

「驚いただろう? まさかあの朔夜が京で浮名を流している噂の『暁の紅波』だったとは、あまりにもそぐわなくて今も信じられないくらいだ。二度ほど見掛けていたが、気がつかなかった。いや、一度は何となく朔夜に似ているとは思ったのだが、まさかそんなはずはないと自分の中で打ち消してしまっていたのだ」

「はい、正直驚きました。今でもあれは夢か幻ではなかったのかと思いました」

「そうなのだ、あれは本当に朔夜だったのだろうか? 今はどうにも信じられなくなってきたのだ。もし紅波を呼び出して、それが朔夜で無かった時に俺はどれほど失望してしまうかと思うと怖くてならない。手に、この手に掴みかけたものをまた失うあの喪失感を再び味わうかもしれないと思えばどうしても踏み出せないのだ」


 この数日、高時が動かなかった理由が分かった章時は力強く高時を促した。


「ご心配なさいますな。あれは間違いなく朔夜でございます。あの日、紅波は私のことを『友』と呼びました。私をそう呼ぶのはこの世にただ一人、朔夜だけでございます」


 だからすぐにでも迎えに行くべきです。


 力強く言い切った章時をしばし見つめてから、高時は白い息を吐き出して空を仰いだ。

「章時。志岐しき今垂水たるみの頭領を送って駿河に出ている。あれが戻り次第迎えにやる」

「なぜ志岐の帰りをわざわざ待つのですか? 私がすぐにでも参ります」

「ダメだ。なぜか分からないが俺の五感全てが志岐に任せろと告げている。志岐とあいつはずっと組んで動いていたし、出て行く時に最後に言葉を交わしたのが志岐だ。朔夜の出て行った意味を知っているからこそ、どうすれば戻って来るかも分かるのではないかと思うのだ」


 確かに自分が迎えに行ったとしても、朔夜は戻って来てくれるかは分からない。

 己の意志で出て行ったのだから、己の意志がなければ決して戻ってはこないだろう。誘われたからと軽々と動く男では無かった。

 紅波として久しぶりに会った時にも、見た目は大きく変わっていたが、芯の部分で何も変わっていないことをはっきりと感じた。

 強くて真っ直ぐで人の為に命を張れる。

 人を寄せ付けぬくせに人の心の機微に敏感なところも、何一つ変わらない。


 あの時、紅波の言った言葉を思い返す。「俺はこんな所にいるべきじゃない」と。


 章時は心で願う。


 ――志岐、お願いだから朔夜を連れ戻して。早く京へ戻って来て……。


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