寄り添う二人
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腕を絡ませてもたれ掛かる香弥からは酒の匂いが漂う。
冷えた夜道を歩きながらも香弥の暖かい腕は悪くないと、少し笑いながら紅波は右手の中の煙管を深く吸い込んだ。
「もう、お酒ばっかり飲まされて下心が丸見えだっての。もう付き合いは面倒だわ」
「一度寝てやれば良かったんじゃないのか? お貴族様だったんだろ、いい金づるになるんじゃないのか?」
紅波の腕をきゅっと小さくつねると香弥は唇を尖らせた。
「ばか。もう落ちぶれて貧乏貴族だよ。今日はあんまりしつこく呼ぶから金造の顔を立てただけよ。あんたの迎えが無ければまだまだ帰れないところだった。ありがとね、紅波」
紅波は細くて美しい香弥をそっと見下ろす。
こんなに弱々しい姿なのに女とはしたたかで強い生き物だ。
驚くほど貪欲で、満足することを知らず、自分の思いをどうでも貫こうとする。
ここいら界隈で生きている女たちは皆強い。男など女の道具だとでも思っているようだ。それはある意味見ていて小気味良い。
「嫌いじゃないな」
呟いた紅波の言葉に不思議そうに顔を上げた香弥の綺麗な瞳が、紅波の切れ長の瞳とぶつかってしばし見つめ合う。
もの欲しげに香弥の唇が紅波の口元にそっと寄り添いかけた途端、二人は人の気配に顔を前に向けた。
「宗次……」
香弥の呟いたのは、城山隼人の幼名だった。
「また見廻りか? 寒い時にご苦労なことだな」
紅波が声を掛けても城山はただじっと黙って二人を睨み付けている。
香弥が一層紅波に身を寄せてほとんど抱きつくようになっている。
「香弥を迎えに行った帰りだ。俺たちは何もやましい事はしていないから、今日は余計な言いがかりはよしてくれ」
「……黙れ。別にお前たちを見張っているわけではない。だが不愉快だ。早く帰れ」
「そうか。こうばったりと出会うなど見張られているかと思ったとしても仕方ないだろう」
薄く笑いながら吸い付けた煙草の煙を吐き出す。
城山はじろりと紅波の腰を見た。
そこには先日の夜、怪しい人斬りの男から奪った刀が無造作に挿されている。
本当はあの時に気圧されて思わずそのまま見送ってしまったが、取り戻そうと紅波をつけていたのだが、香弥を迎えた二人に声をかけあぐねていた。
香弥も城山も二人とも互いを見ないように目を逸らしているが、紅波にはお互いを意識しているのがヒシヒシと伝わる。
城山が香弥を憎からず想い続けているのは知っている。そしてそれと同じほど香弥が実は城山を想っているのを知っている。
紅波は再び煙管を吸い付けて、甘い香りを吐き出した。
「香弥、ここからは城山に送ってもらって帰ってこい」
「え?」
「俺はここから野暮用だ」
「ちょっと紅波!」
香弥の腕を緩く振りほどこうとしたが、その途端に辻向こうから城山の部下が慌てふためいて転がるように駆けてきた。
「城山殿! 城山殿!」
「なんだ? 急用か?」
駆けつけた男は息も整わぬままで城山の前で膝に手をあてて肩で息をしながら告げた。
「りゅ、龍堂殿の邸が……邸が燃えております」
「なに! 火事か?」
「はっ、詳しくは不明ですが何やら争乱らしい様子が。門前でも斬り合いが……」
「すぐに行く!」
駆け出す城山に続いて部下も駆けだした途端、凄い勢いで紅波が二人を抜いて掛けだした。
思わず驚きに足を止めた城山と部下に構わず、紅波は香弥へと振り返る。
「香弥、先に帰れ!」
それだけを言い残して紅波の姿は辻を曲がって消えた。
「なんて足の早い!」
部下が後ろで驚いた声を上げたが、城山はぐっと唇を噛み締めると勢いを付けて紅波に負けじと駆けだした。