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逃走



 義信は信頼の置ける十数人の家臣を邸の周囲にそっと配備させる。

 万が一見とがめられて争うことになった際の用心の為だ。

 別に謀反を企んでいるわけではないが、姫を守って駿河まで逃げるだけの配下の者が必要だった。


 義信に付き従ってくれた家臣たちは皆、生真面目で高時を尊崇している義信の裏切りにも近いこの行動を理解しているとは言い難かった。

 だが「あの若が出奔するとはよほどのことであろう」と内々に動いてくれたのであった。


** 


 姫の部屋までは特段何事もなく入ることが出来た。

 あらかじめ姫の世話をする女達には姫に頼んで眠り薬を香にして焚きしめておいたから誰も出てこなかった。


「……義信様」


 本当に現れた義信に、しばし現実なのだろうかと呆然とした様子の佐和姫であったが、すぐに気持ちを切り替えた。

 重い打ち掛けを脱ぎ捨てると、差し出された義信の手を握りしめた。


 二人は静かに廊下を抜ける。北側の奥向きの部屋は誰も出てこない。


 二人の後ろには三人の家臣が付き従い、万が一に備えて辺りを警戒している。

 この渡り廊下を越えると高時達のいる棟になる。

 そちらの警戒は厳しいだろう。だが義信ならば高時の側近であり、何とでも言い抜ける自身があった。

 姫さえ見つからなければ。


 冷え切った廊下を渡っていても、背中にも額にも汗が流れる。

 緊張で唇が乾く。


 その時。


「野間殿でありますか?」


 庭で警護に就いていた一人の男がこちらに気がついて、いぶかしげにこちらへと近づいてきた。

 手には篝火かがりびの中から火の付いた薪を持ち、こちらへとその明かりを向ける。

 はっとして姫を背中に隠したが、すぐに気がつかれた。

「姫ではありませぬか? このような夜更けに何をしておいでですか?」

 佐和姫を見とがめた男は、一層疑わしげな目で再度義信を睨み上げた。同じように義信も男を見下ろして睨んだ。


「これは高時様から佐和姫を連れてくるようにと言われたのだ。何か不審でもあるのか?」


 精一杯虚勢を張って不遜に言い放つ。

 だがこの男、最近高時の近くに仕えるようになっただけに、任された仕事には寸分の手抜かりもならぬと息巻いているようで案外しつこい。

「さようで? しかし今宵は早く休むので誰も部屋に近づくなと少し前に仰せでしたが? あれからどなたも高時様のお部屋には入ってはおられませぬが、野間殿はどこでかようなご指示を受けられたのでしょうかな?」

「いちいち詮索せずとも私は側近だ。内々に指示をうけていたのだ」

「ではここでお待ち下さい。すぐに聞いて参ります」

 どこまでも疑いの眼差しで義信をじっと見遣ってから、くるりと背を向けて高時のいる棟へと足を踏み出した瞬間、義信の背後にいた一人の家臣が男に躍りかかった。


「やめろ!」


 ハッとしてすぐに義信が制する声を上げたが、間に合わなかった。


 まるで時間が止まってしまったかのようにゆっくりと薪を持った男が倒れ行くのを呆然と見た。

 何か声を上げながら倒れたがそれは耳に届かなかった。


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