鋭い男
義信は姫の隣に見知らぬ男が立っているのを見て取るや、すぐに腰の刀に手を掛けて間合いを取りながら男を睨み付ける。
「何者だ?」
問いかけられた男は、少しも怯むでもなく構えるでもなく、冷静に義信を検分するように見返すと、一つ吐息をつく。
「私は院の命で京の町の乱れを取り締まる検非違使のような者だ。こちらの姫があの怪しい男に声を掛けられていたので追い払ったまで。してそちらは?」
ゆらゆらと女をまとわりつかせながら立ち去る男に目を遣ってから、義信は対峙している男に視線を戻す。
きりりと引き締まった表情に嘘はなさそうだ。身なりもきちんとしているし、若いが醸し出している雰囲気は、自信と誇りに裏打ちされたものだと感じられた。
近頃、町の乱れを憂いた先の天皇、つまり院が乱れを取り締まる警護隊を組織したとの話は聞き及んでいた。そのうちの一人なのだろう。
「私は野間義信。龍堂高時様の側近だ。こちらの姫は妹君の佐和姫だ」
「ほう……。あなたがあの龍堂の。野間義信殿、お名前は存じています」
目を細めて値踏みする目つき。決して高時の名前にも屈するつもりもないのがありありと分かる。
食えない男だ、と義信は構えた。
「私は城山隼人と申します。院の命により隊の長をしている。以後お見知りおきを」
言いながらも、目は義信をじっと見つめている。
不愉快な視線に顔を顰めながら尋ねた。
「あの胡散臭い男は何者であるか? 姫に何をしようとしていたか分かるか?」
「ああ、あれは五条界隈に根をはる商人、金造一家のごろつきの一人で、暁の紅波と呼ばれている男だ。どうにも胡散臭い奴だ。そちらの姫に何か話しかけていたが内容は知らぬ」
「あれが……暁の紅波か」
姫も驚いて男が立ち去った方を振り向いた。
もうその姿は見えなくなっていたが、瞼の裏にはありありとあの緋色の帯と髪に結わえた紅の紐が浮かび上がる。
「なんにせよ、かような大事な姫君ならばフラフラと出歩かずに邸に籠もっておられるがよろしいと思います。早くお引き取りを」
厭味だ。
瞬時義信は怒りを覚えたが、院のお抱えの者と事を交えるのは得策ではない。ここは堪えることにした。
「もう帰るところだ。駕籠か馬を借りるところを知らぬか?」
その時になって城山もようやく姫が足を痛めていることに気がついた。
「それでは私が呼んで参りましょう。ここでお待ちを」
素早く踵を返すとすぐにどこぞへ足早に向かう。機敏で無駄のない動き、その様子からすると仕事の速さと正確さを感じられる。
きっと切れ者なのだろう。年は二十歳過ぎ、義信と同じ頃だと思われた。