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困惑の渦


 構え直す事も出来ないままの城山に振り下ろされた刃、だがその刃は紅波の持つ脇差しに弾かれた。


「下がれ! 邪魔だ!」


 叱咤するような紅波の声にはっと我に返る。

 見れば弾いた形から凄い速さの応酬が繰り広げられていた。


(す、すごい……)


 我を忘れて城山は見入ってしまう。

 紅波の剣捌けんさばきは神速と呼ぶに相応しい。だがそれでも狂った刃は短い脇差ししか持たぬ彼を苦しめている。

 ガッと刃と刃ががっちりと噛み合う。

 その瞬間を紅波は逃さなかった。

 右足で思いっきり男の腹を蹴っ飛ばしたのだ。


「ぐえっ」

 奇妙な呻きを上げて男が後ろに吹っ飛んで、倒れると同時に手から刀が落ちる。素早く駆け寄ると紅波は手放された刀を拾い上げ、男の胸に足を乗せて腰に挿している鞘を力任せに引き抜いた。

「むぐう」

 胸を強く踏まれた男は苦しそうに呻くが、それを無視して暫く刀を月明かりにかざして、それからゆっくりと鞘の中に刀をしまった。


「怪我はないか?」

 紅波が土の上に座り込んだままの城山に向けて手を差し出す。

 驚いて見上げてから、差し出された手を邪険じゃけんに払って立ち上がった。

「余計な世話だ」

「そうか。じゃあさっさと男を捕らえろよ」

 振り返れば男は暗い地面に仰向けに倒れたままだ。

「殺したのか?」

「まさか。のびているだけだ。逃げられる前に早く捕らえろ」

「そんなことは分かっている」

 憎々しげに吐いた城山の言葉にフッと鼻先で笑ってから、投げ出したままだった城山の脇差しを拾い上げるとおもむろにその切っ先を城山に向けた。

 反射的に手にしていた刀を構えようとしたが、紅波が素早く一歩踏み出し左手で城山の手を押さえた。

「お前の脇差しをしまうだけだ」

 腰の鞘に慣れた手つきで刃をしまうと「じゃあ俺は帰らせてもらう」と背を向けた。


「待て!」


 ゆるりと振り返る。

 その手にはさっきまで男が振るっていた刀がある。


「その刀を置いていけ」

「ダメだ」

 強く言い切った。

「嫌だ」でもなければ「欲しい」でもなく。


「こいつは俺の報酬としていただくさ」

「なに? ふざけるな!」

 鋭く抗議の声を上げた城山を紅波がひたと見つめた。

 肩越しに見返してくる紅波の瞳が思いの外強くて、城山は気圧けおされる。

 抗えない威圧を覚えた。


「……お前は。……お前は」


 問いかけようとしたが喉に何かが引っかかって声にはならなかった。

 城山を一瞥した後、紅波はぶらりぶらりと赤い紐を揺らしながら闇の道を去ってしまった。


 ――あの男……。


 城山は心が震えていた。


 得体の知れない男だ。

 あれは単なる無頼の男ではない。

 押さえられた手が熱を帯びている。

 力こそ入れてはいなかったが刀を動かすことが出来ぬような位置を押さえていた。

 実践慣れしている、いや……人を制し慣れている感がある。


 いつもどこにも根を持たぬように虚無感を漂わせるあの目が、剣を持つと別人のように煌めいて燃えていた。

 思わず、引き込まれそうなほどに強い気を放っていたのは、本当に紅波という男だったのか……。


 それに香弥が何だって?

 香弥があの男を慕っているとは噂で聞いていた。

 だが本当に欲しいのはあの男ではないと? 


 混乱する城山だったが、倒れていた男の呻き声でそこで我に返り、ようやく捕縛に動き始めた。


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