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会見


 盛との話し合いの日が来た。


 直接会うのは初めてなのだ。

 どのような男なのか高時は知らない。

 ただ己の父と同じで急速に力をつけてあっと言う間に中国地方を制圧してしまい、今は四国をも掌中にし、九州とも睨み合っている、間違いなく西の大大名である。

 万に一つの粗相もないようにと気を配っているのか、謁見場所となっている播磨の池端政行は落ち着き無くそわそわしているのが見て取れた。


「池端殿」

 着座した高時が少し脇に座る池端に声を掛けると、驚くほど肩をびくりと震わせて平伏した。

 その様子に思わず苦笑する。

「そのように固くならずとも良いでしょう」

「いえ、しかし、その……粗相がありましては……」

「俺と盛殿とのことだ。そなたがかように気に掛けることもないさ。互いの中間点とはいえ、池端殿には気苦労を掛けてしまったな」

 胡座のままで笑みを浮かべているのはまだ二十歳の青年だ。

 だがその存在感は今年不惑を迎える池端の比ではない。


 池端政行は元来小心者だ。

 この会談の結果如何によっては今盟約を結んでいる龍堂から盛へと乗り換えるのもやぶさかではない心積もりでいた。

 だが、未だ平伏し続ける池端に視線を落とす高時から放たれる存在が重く背にのし掛かる。

 そこに盛一成が来たことを告げる先触れの者が膝を付いた。

 威儀いぎを正した高時の目が鋭く光った。


 部屋に現れた盛一成の姿に、瞬時目を奪われた。


 歳は今は亡き父、龍堂時則と同じくらいであろうか。

 二重眼に太い眉と髭の濃い顔は、壮年の男がまとう貫禄がみなぎっているが、それを凌駕する尋常ならざる雰囲気が全身に漂っていた。

 例えて言うのならば、血の滴る霧雨を握っている時の朔夜の放つ冷徹とも苛烈とも言うべき近寄りがたいあの独特の雰囲気をまとわりつかせていた。


 ごくりと唾を飲み込んだ音がやけに耳につく。

 互いに目を離さぬままで対面に盛一成が静かに腰を下ろした。


「龍堂高時殿ですな」


 声はじわりと染みこむような低さで、穏やかな響きであったが、そこに人を威圧する重さを伴っていた。


「盛一成殿ですね。お初にお目にかかりまする」


 一呼吸置くと、もう高時にはいつもの厳然とした存在感が戻っていた。

 どんな者と対峙しようと失われない光のような存在感だ。

 盛の目がわずかに細められた。


**


 盛一成は腹の内を見せぬ男だった。


 何を思いこの対面の場を設けたのかさえ終わってみれば判然としなかった。

 茫洋としてつかみ所のない話の内容だったと高時は疲れた体を横たえながら反芻していた。


 かなりこちらの内情は調べていたのであろう。

 妖刀を使う男を見たいだの垂水という一族を使っているそうだが会わせてくれぬか、などとどうにも不可解な要求をしてばかりで、本当に大した内容はなかった。

 ただ互いに質を送り合い、和議を為そうとの話は煮詰めた。

 高時とて無駄に攻め込むばかりを求めているのではない。争わずに天下が治まるのならばそれに越したことはない。

 ただ頭が二つあれば必ずや派閥が生まれ火種となり、やがて更に乱れに乱れることは想像に難くない。だからこのまま勢力が拮抗きっこうしているままであれば、いずれは盛との決着は付けねばならない。

 それは盛も存分に承知の上であろう。


 一時的な和睦。


 二匹の龍が頭を揃えながら、今回の会見はそんな些細な果実しかもたらさなかった。


 冷えた夜具の上に寝転がりながら高時は盛一成の最後の言葉を思い返す。


 ――垂水の志岐と言う男に会わせてもらえぬか。


 なぜ志岐に興味を持ったのだろうか。

 この会見の中で、盛がもっとも興味を持っていたのがそのことのように思えた。


 頭領の甚斎じんさいが寝付いていることまで知って次期頭領となるであろう志岐に興味を抱いたのか。

 だがまだ志岐が跡目を継ぐであろう事は誰も知るはずがない。高時が勝手にそう思っているだけなのだから。

 どこまであの男はこちらの内情を聞き及んでいるのだろうか。


「少し、冷えてきたな」

 独り言を吐き出す。

 得体の知れない盛一成の事を思い返すと体の芯が冷えるようだ。

 部屋に入って来た時に感じた独特のあの雰囲気に鳥肌が立った。

 それは恐ろしさと、朔夜を思い出させた懐かしさと、そして胸に響く切なさだった。


 早く朔夜を見つけ出してくれ。


 そう願わずにはいられない。

 探すと決めてからは一刻でも早く朔夜に会いたくて仕方ない、激情のような衝動を押さえるのに精一杯であった。

 諦めていた時には、これほどまでに朔夜の姿を求める事はなかったのに、輝道を見てから、探し出せるかもしれないと思ってから、己の側にあの強くて美しい獣がいないことが苦痛で仕方ないのだ。


 なぜこんなにもただ一人を求めてしまうのか高時自身も全く分からない。


 だが初めて見た時から野蛮で人に慣れない子供から目を離せなかった。

 いつでも真っ直ぐに何も偽らぬ言葉で高時を貫くあの強さ。


 今にして思えばそれは憧れだった。

 自分もあのように偽らずに生きていられる強さが欲しいと願った。

 今なら分かる。

 己が手放したのは自分を支える心の芯となるものだ。その芯がぶれてしまったが為に朔夜との間に溝が出来てしまったのだ。


 心の中で願う。


 霧雨よ、お前の主を連れてきてくれと。頼む……。


 つんと冷えた夜気の中に熱い吐息を吐き出した。



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