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つかまえた欠片


 邸に帰り着いた高時に驚くべき知らせがあった。

 中国の覇者、盛一成もりかずなりが対面を望んでいる、との知らせであった。

 すぐに垂水の志岐を呼びつけた。

「頭領の具合はどうだ?」


 今、垂水一族の頭領である甚斎じんさいは病で寝込んでいる。

 ある時受けた矢に毒が塗られていたのが未だ癒えておらず、療養のためにもうすぐ駿河にある本拠に戻る予定になっていた。


「ご心配をおかけしますが、垂水一族は乱れなく動いておりますゆえに、どうぞご安心ください」


 相変わらず音をさせずに動く男だ。

 すらりと高い背と太い眉が凛々しくて頼もしさを醸し出す。甚斎の跡目は、まだ歳は若いがこの志岐ではないかと高時は目している。

「志岐、おまえに働いてもらいたい」

「は、なんなりと」

「朔夜を……探して欲しい」

「な――っ!」

 驚きに目を見開いた志岐が絶句した後、口を開きかける。それを素早く高時が制した。


「朔夜をここに連れ戻そうと思うているのではない。内大臣の藤原輝道様だ。あのお方が探して欲しいと願われたのだ」

「内大臣様が?」

「俺は来月盛一成と会うために播磨に向かう。播磨の池端政行いけはたまなゆきの斡旋で会見を行うことになった。ここらで互いに腹を割って話し合いがしたいと思うていたのは俺だけではなかったらしい。出来ればそれにおまえも同道して欲しいと思っている。だからそれまでに動けるだけ動いて欲しい」

「何故、私を同道されますか?」

「播磨は一応俺の支配下にある。だが隣国は盛の勢力内だ。だからいつ何時非常事態が起きるやも知れぬ。志岐には裏方から目を光らせてもらいたい」

「はっ、分かりました」


 なぜ内大臣ともあろうお方が朔夜を探そうと思ったのか志岐には理由が分からない。

 だが志岐の問いかけに高時は答えなかった。

 それは志岐に知らせるべき事ではないからだろう。

 指示された仕事を完璧にこなすこと、それが忍びに課せられた任務だ。要らぬ詮索はしない。志岐は静かに頭を下げると高時の元を下がった。



 紅の葉を散らして秋は去って行く。道端の草には白い霜が降りて比叡からの吹き下ろす風に凍てついて震えている。


 いよいよ明日は盛一成との会見だ。


 朔夜の探索は簡単かと思われたが、月日が流れすぎていて存外難航していた。

 ただ一つ分かったことといえば、金造からもたらされた奉納した刀の由来だった。


 やはり高時が思っていた通り、奉納された刀は朔夜の刀、妖刀霧雨であった。


 金造が平伏しながら経緯を語った。


 二年近く前、五条の橋の近くで夜盗に襲われた金造を助けてくれた武家の男がいた。

 その若い男は恐ろしく腕がたつので、もし行く先がないのならば何かと危険の及ぶ金造の側で働いてくれないかと誘った。

 だがその男は「もう二度と人を斬る気はない」と話を断ったのだ。そして腰の刀は少しゆえのある物だから、どこか神社か寺に奉納して二度と世に出ぬようにしたいのだが、どこか知らないかと尋ねた。

 そこで金造は花折はなざき神社を紹介した、それが全てだった。


「その男は、名を名乗らなかったのか?」

 話を聞き終えた高時の顔はわずかに上気している。

「はい。名を尋ねたのですが、今はもう名も身分も何も持たないとそう告げておりました。それ故、奉納の際には私の名を使うと良いと申しました」

「そうか……。名もない、とな」

「ただ、刀のことを『霧雨きりさめ』と呼んでおりました」


「――やはり。……朔夜だ」


 わずかに掴んだ朔夜の消息を見失わぬようにと高時は拳を握りしめて問いを重ねた。

 勢い声が大きくなる。

「その男はいずこに?」

「……その武家の少年なら、もうおりませぬな」

 京の底冷えした空気が、その一言で一層冷えた気がした。

 高時が手にしていた扇をパチリと音をさせて閉じると、一気に静寂が部屋を支配する。思わず金造は手をついて頭を下げた。


 今、巷で不穏な人斬りを繰り返しているのが霧雨だと分かったのだ。

 それだけでも大収穫ではないか。

 あの刀を追えば、もしかすれば元の主である朔夜に行き着くかもしれない。

 そう進言したのは章時であった。


 志岐はあれから妖刀の行方を探っているが、ここしばらく不穏な人斬りはなりを潜めている為に、行方が分からないままであった。


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