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傾いた男

 出だしは良かった。

 久しぶりの外出にはしゃぐ佐和姫は義信の止めるのも聞かずに小走りであちらこちらと寄り道しながら町を歩いた。

 だが目的地に到着する前に、すっかり疲れてよろよろと足取りが覚束なくなってしまった。


「足を痛めましたか?」

 五条の橋を目前にして座り込んだ姫の足を見る。

 すれて血が滲んでいる。これではかなり痛みがあるだろう。到底歩き続けるのは難しい。

 馬でも借りてくるしかないか、と義信は辺りを見回す。

「とにかく冷やした方が痛みは治まります。すぐそこの店で水を貰って手ぬぐいを濡らして参りますので、今しばらくここで座ってお待ち下さい」

 道端にある大きめの石の上に姫を座らせると、急いで店の方へと向かう。



「痛い……やはり歩き慣れてないからじゃな……」

 自分の足に滲んだ血を見て眉を顰めた佐和姫は、目の前に不意に影が出来て顔をあげる。

 義信が戻ったのかと思ったが、思わず息を呑んだ。

 目の前に一人の男が立っていた。


「こんな所で座り込んでどうしたんだ? ああ、足を痛めたのか。どれ見せてみな」

 目の前に立っていた見知らぬ若い男がしゃがみ込んで姫の足を見る。


 笠を被り、しかも周囲には薄布を垂らしているからこちらの顔は見えないはずだけれど、なぜだか顔を見られているような気がしてしまい、恥ずかしくて足を少し引く。途端、男がフッと笑って顔を上げた。


 驚くほど綺麗な顔をしていた。


 長い前髪の隙間から覗く目は涼やかな二重が印象的で、細く長い指に挟んだ煙管を近づけた形良い唇は薄く笑みを浮かべて色づき、スラリとした伸びやかな四肢に着崩した鮮やかな藍色の着物と小作りの顔が、退廃の色香を醸し出していた。


 今まで見たこともない種類の人物だった。

 いつか見た、光に透ける美しい艶やかな玻璃の花入れのようだと思った。


 呆気に取られて笠の下から呆然と見つめる姫に、顔を近づけながら少し掠れた声で尋ねる。

「どこぞの姫だろう? こんな所であんた一人か? 連れはどうした?」

 煙草の甘い匂いがふわりと香る。それさえも彼の色気をいや増す小道具にさえ思える。

 とにかく答えないと、と思った瞬間、彼の足元に何かが唸りながら落ちた。


 それは刀であった。

 落ちたと思ったが、固い地面に突き刺さっていた。

 驚いて振り仰いだ姫とは対照的に、男はゆっくりとじらすように顔を上げる。


「おや、これはこれはご苦労様」

 小馬鹿にした声音に、刀を地面に突き立てていた男がムッとして顔を顰めた。

「こんな真っ昼間の往来で女を口説くのは止めろ。目障りだ。この虫けらが」

「いつもながら不粋なお方だな。従順な犬ですねぇ」

「うるさい。お前はいつもながら胡散臭い奴だ。そのうち捕らえてやるから覚悟しておけ」

「ふふ、いつでもお待ちしておくよ。犬が来たから俺は退散する。じゃ、姫さんお大事にな」

 ゆらりと立ち上がると、また彼から柔らかい煙草の香りが流れて来て鼻をくすぐる。


 着崩した着物は深い藍色で帯は紅。長い髪を緩やかにうなじの辺りで結ぶ紐も深紅。

 いわゆるかぶいた格好だが、それが厭味なくはまっている。

 歩き出すとすぐに熟れた雰囲気の女が二人駆け寄ってきて、男に媚びるように腕を回し、それから佐和姫をじろりと睨み付けた。

 どこかで離れて二人の様子を見ていたのだろう。声が途切れ途切れに聞こえる。

 放っておいてひどい、だとかあんな女に声を掛けて、など文句を付けているようだ。だがしなだれかかる女たちよりも、その男は格段に艶を放っていた。妖艶とは彼の為にある言葉だ。


 ぼんやりと見送っていると、はたはたと駆ける足音がして義信が戻って来た。


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