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取り引き


 龍堂高時だ、と告げても金造は「それはそれは」と言っただけで愛想笑いを崩さなかった。

 多分、最初から高時だと知っていて声をかけたのだろう。


「もしかして先日ご依頼のございました件でございましょうか? その件でございましたらば――」

 暁の紅波くれはと会いたいので寄越すようにと申し入れていた事を金造は聞いているのだが、高時はすぐに話を遮った。

「その件は今はいい。さっき連れていた男が『暁の紅波』であろう?」

「はい、おっしゃるとおりで。ただ紅波はなかなか扱いにくい男でございますれば、わたくしでもなかなかに言うことを聞かせるのは難しくて」

「さっきまで一緒にいて、ここにはいないのか?」

「紅波はこの後呼ばれているお屋敷に向かいました」

「そうか。……金造、そなたに聞きたいことがある」

「はあ、なんでしょうか」

「あの男、あれはずっとお前のところにいた者か?」

「紅波ですか。さあ、いつやったか……すぐには思い出せませんなあ。なんぞ紅波がしでかしましたでしょうか?」

「いや、そう言うわけではないが……。いや、やはりいい。それより聞きたかったのは刀だ、奉納した刀のことだ」


 はあ、と良いながら金造がわざとらしいほど首を傾げて眉を寄せる。

 何のことだか分からないと顔に書いている。だがそれがどこまで本当なのかさえ分からない。


「最近起きている辻での人斬りで使われているのが、どうやらそなたのツテで一年ほど前に花折はなざき神社に奉納された刀だそうだ。誰が奉納したどんな刀なのかを聞きに来た」

「はあ、そんなことありましたかなあ」

 腕組みをして天井の方を見上げて考えるフリをしているが、明らかにはぐらかそうとしているのが見え見えである。

 噂通りかなりのくせ者だと感じられる。

「わたくしも色んな頼まれ事をされるもので、覚えていないことも多くて……申し訳ありませんなあ、お役に立てそうもないですな」


 高時の眉が跳ねた。


「……思い出せ」

 低い声で唸った高時の声が聞き取れずに「は?」と聞き返した金造に向かって、高時が鋭く睨み付けるや、今度は凛と言い放った。

「思い出せと申しておる。すぐにとは言わぬ。思い出したら俺に知らせろ。曖昧な言い逃れはあいならぬぞ。分かったか金造!」

 金造が思わず頭を下げてしまった。


 どんな公卿と渡り合っても、武家の者とも渡り合っても、萎縮も緊張も微塵も感じたことのない金造だったが、なぜかこの若い武将の睥睨してくる視線に耐えられなかった。


「何も一方的にお前を働かそうと思うているわけではない。それ相応のものを払わせてもらおう。金銀でもよいが、どうだ、唐物からものの茶入れなどは。もしくは青磁の花入れでも良い。おぬしならば相応以上の金に換えられる物を用意してやろう」

 そこでニヤリと笑う。


 傲岸不遜ごうがんふそん


 若いが故にその笑みさえも自信に溢れて眩しく見える。

 そんな高時の姿をしばし見遣ってから金造も笑みを浮かべた。


「ほんに龍堂様は意外にも商売の事にも通じておられるようだ。この金造、頼まれ事は必ず売り買いいたします。龍堂様のご依頼、しかと買わせていただきましょう」

 頭を下げた金造に鷹揚に頷く高時は誰よりも貫禄をみなぎらせていた。



 脅しでならば一切動かない。

 それが金造の信条だ。


 どんなに白刃を突きつけられても時には殴られても、それは一切揺るがない。そうでなくては危ない橋を渡る裏商売はやっていけない。

 穏和な風貌に似合わぬ強固な意志を持っている金造を、なめてかかる貴族や武家、あるいは大名は少なからずいる。いや、ほとんどが商人風情がと見下して威圧してくるのが常だ。

 金造も自衛のために腕の立つ者を常に侍らせているし、威圧など一切怖くない。


 だが、今夜だけは心底震えた。

 怖くて震えたのではない。歓喜に震えたのだ。


 ――良いおとこと出会えた。


 先程まで目の前に座っていた若き獅子の如き高時を思い返していた。


 初めは若さと自信を身に纏った成り上がりの若造だと思ったが、凛と放たれた言葉の強さと強い光を宿す瞳に一瞬威圧された。

 それは恫喝どうかつではなく、人を率いる才の重みが背にのし掛かり、思わず頭を下げてしまったのだ。その時はそんな態度をとってしまった自分自身に瞬時屈辱を覚えたが、続けた高時の言葉に心を奪われた。


 裏で怪しげな取引をしていることを承知の上で、情報に応じた売買をしようと持ちかけてきたのだ。


 金造の怪しげな部分を突いて恫喝する者は多い。

 役人に告げられたくないなら従え、もしくは商売などできなくしてやる、など脅された事は数知れず。時にはゲスな商人ごときに払う金などないとまで言い放つ者もいる。

 その中で。


 高時は取引をしようしている。

 だがあの傲岸不遜な笑みが告げていた。


「こちらを敵に回すのは得策ではないぞ」と。


 相手に対して卑屈になり不利に交渉が運ばれぬように先手を打ってきたのだ。

 いっそ清々しい程に、対等でまっとうな取引を要求してきたのだ。


 あれがまだ二十歳の若さだ。

 強さと懐の深さと潔さ。

 それらを内包する凛々しき姿を思い出し、また一つ身震いする。

「……末恐ろしいお方だ」

 笑み混じりで小さく呟く金造の言葉は冷えた夜気に吸い込まれて消えた。


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