逢魔
馬を進めながら義信は不機嫌な声を出して愚痴を言う。
「あの男はどうにも喰えぬ。話しているのを聞くだけで虫酸がはしります。嫌味たらしくて気にいりませぬ」
「ははは、胆の小さい事を言うな、義信。陰険な公卿どもに比べれば可愛いものではないか。あれぐらい気概があるほうが俺はやりやすい。気にするな、気にするな」
鷹揚に笑う高時は、ある辻に差し掛かると馬を止めて、義信にも下りて歩くように告げた。
「どちらへ」と聞きかけた義信は、すぐに行き先に気が付いた。
すぐ先に見えるのは金造の店だ。
もう戸口は閉められているが、灯りと話し声が洩れ出ている。
「高時様、まさか金造の所に?」
いけません、と小声で義信が押し留めるのを、軽くいなして高時は金造の店に近づこうとする。その背後から声がかかった。
「わたくしの店に御用ですかな?」
振り返るとそこに恰幅の良い五十がらみの男が夕闇の中で愛想の良い笑みを浮かべてこちらを見ている。
わたしの店と言うのだ。金造その人だと思われた。
そしてその後ろに。
それは逢魔が時に現れたあやかしかではないのかと高時はしばし絶句した。
愛想笑いの金造の少し後ろに立っている男がぷかりと形良い唇から煙管の煙を吐き出すと、長い前髪の間からすっと目を細めて二人を見つめた。
誰だ彼はと問いかけたくなる時分である。
見間違いか、もしくはあやかしか。
こんな色気のある男は見たことがない。
すこし肌蹴ている青の着物に赤い帯、茶色味を帯びた髪を縛るのは紅の紐、スラリと伸びた背に似合いの長い手足を持て余すかのように足を組みながら立っている。
その男が目を逸らせて横を向くとまた煙管を唇で挟む。
長い指が華奢な煙管に相まって指先だけで妖艶さを醸し出す。
「うちの店にご用でしたらどうぞお入り下さい。閉めておりますがこれもご縁でございますれば、ささ、遠慮なく」
立ち止まって言葉を無くしていた高時を促す金造の声に我に返る。
その時、口から出かかった言葉をぐっと飲み込んだ。
――これは……人を惑わせるあやかしなのか?
瞳を閉じて大きく息を吸うと金造に向けて案内を請うた。
「では済まぬがお願いしよう」
二人が店に入るのを見届けてから背後にいた男は店を通り過ぎて町へと出て行った。