若き公達
章時の怪我は幸い軽いもので数日は腕を動かすのが辛かったが、今はもう自由に動かせる。
腕をわざとブンブンと回して健全ぶりを見せつける章時だったが、高時はもう少し休むように言いつけて義信を連れて出ることにした。
先日、紅葉の宴に呼ばれた摂政家の息子が、急遽病で倒れた内大臣に代わってその地位に就任したとの知らせを受け、祝賀に伺うことにしていたのだ。
絹や珍しい玻璃の容れ物、その他茶道具などを持って左大臣家の門をくぐる。
摂政は権謀の渦巻く宮廷にありながら、意外と付き合いやすい溌剌とした性質で、高時は京に拠点を置いた時から割合親しく付き合ってきた。
だがその息子には会った事がなかった。
半分下ろした御簾の向こうに座るのが、今年十八になる藤原輝道、摂政の長男にして、この若さで有り得ないほどの地位を受け継いだ青年だ。
高時からは顔は見えないが、上品な絹の袴が見えている。
摂政は高時と義信に向けて機嫌の良い顔で笑いかける。
年は五十をいくらか過ぎているが、まだまだ若やいで凛々しい顔立ちが好感を持たせる。
「いやいや、龍堂殿のお持ち下さる品々はまことにお珍しい物ばかりで、本当に眼福ですな。この度はこの輝道の叔父、つまり私の弟が急に病に倒れたために、このような栄誉を頂いて、私は幸せ者にございます。それもこれも息子と帝は幼少より仲良く育ったからでございます」
今の帝はこの摂政の長女が生んだ。
つまり帝は孫であり、年は輝道が一つ年下ではあるが、帝とは叔父と甥の間柄となる。
先の帝である院が勢力を持ち、関白や大臣どもがそちらにばかり従う中、身近な味方を囲みたいとの帝の意図がみえる大抜擢人事であった。
「父様、そのように媚びへつらってばかりでは龍堂殿も退屈いたしましょう」
御簾の内から涼やかな声が摂政の言葉を遮る。その声音は冷ややかだ。
僅かに義信の眉が跳ねた。
「ははは、この通り息子は少々歯に衣を着せぬ性質でございますが、今後とも宜しくお付き合いください」
「いや、はっきりと物が言える方のほうが人としては付き合いやすい。よいご性質ではありませぬか」
快活に笑う高時に摂政は安堵したのか、返礼の品を用意するために少し席を外した。
対面する御簾の向こうの青年が、父親の背中を見送ってから冷たい声で告げた。
「私は武家のような武張った方々が嫌いです。今後お付き合いなど御免被りたいところですが、今の世ではそうも行かないのが現状。帝の御為にも宜しくお願いします、とでも申し上げましょう」
辛辣な言葉を投げつける。それでも高時は口元に笑みを浮かべた。
「それはそれは、奇遇にございますな。私もお高くとまった公卿の方々など好きにはなれませぬものでね、これも付き合いと仕方なく割り切っておりますれば、宜しくお願いしますとでも申し上げましょうか」
くつくつ、と笑う気配がして、しゅるりと衣擦れの音をさせて身動きした。
「ふふ、よう言うてくださいますな。さすがその若さで多くの国を従えるだけのご器量だ。親も兄弟も喰らう龍の子ですね」
「はい」
過去を抉るような嫌味にも眉一つ動かさずに、思わず人を惹きつける凛々しくも魅力的な笑みを浮かべて高時はゆっくりと少し頭を下げる。
「恐ろしき龍なれば、お気を付けくださいますように」
「……ほう。ならばそのお顔、しかと見させていただいておきましょう」
パチリと扇を閉じる音と共に衣擦れの音をさせて半分まで下ろされた御簾を上げて輝道が姿を現した。
座る二人を見下ろすその青年の顔を見上げた途端、高時も義信も凍り付いた。
涼やかな印象的な目元はこちらを蔑むように冷ややかに見下ろしている。整った顔は父親にいくらか似ているが、印象は氷を思わせる冷たい美貌だった。
だが何よりも似ていたのだ。
「……バカな!」
義信の呻き声に続いて高時が呟きを漏らす。
「……さ……朔夜か?」
こちらを見上げたままで愕然としている二人の様子に輝道が眉を寄せる。その訝しげな表情が一層朔夜にそっくりだった。