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狂った刃


「こんな深夜に徘徊ですか? 田舎のお方は余程都が珍しいとお見受けいたしますが、近頃は物騒ですので早々にお帰り願いたいですな」


 夜の辻で章時を従えた高時に正面から嫌味をぶつける城山を部下が青くなって袖を引く。

「城山様、あれは龍堂高時公にございますよ」

 小声で囁く部下に、知っていると不機嫌に返す。

そんなやり取りに少しの興味も無さそうに高時は城山に尋ねた。


「城山殿ならご存知だろうが、近頃町の辻で人斬りが起きているそうだが、その刀はどのようなものだ?」

「刀? 刀にご興味がおありか? ははっ、これは悠長な。幾人もの人が無惨に殺されているのに、この期に及んで刀が気になるとは、これはこれは、根っから不粋なお方ですな」

 さすがにこの言葉に章時がムッとして高時を庇う。

「失礼です! 高時様はその刀がもしかしたら霧雨では――」

 さっと手を上げて章時が言いかけた言葉を途中で止めて、城山の方へと一歩踏み出した。

「俺が知りたいのはその刀のことだけだ。知らぬのならば用はない。これで失礼する」

 部下の手にした松明に照らされる高時の瞳が射抜いてくる。何の迷いも揺れもない瞳が真っ直ぐに城山に挑む。


 ――威圧される。


 まただ。また威圧される。


 質問に答えられぬ者など無価値だと、無言に威圧される。己の役に立たぬ者など意識の中に入れる価値も無いとばかりに。


「刀は――」

 我知らず答えていた。


「刀は奉納された物で――」

「それは知っている」

 即座に遮られ慌てて言い足す。

「奉納したのはどうやら金造の伝手だそうで、若い男が持ってきたと」

「金造……。若い男……」

「はい。半年ほど前に花折神社から他の神社に移った者がその刀剣について少し覚えていたので、確かだと思います」

 思わず高時に従ってしまっていた自分に気が付いて城山は、唇を噛み締めた。

「では、私はこれにて。龍堂殿も早くお帰りを」

 軽く頭を下げた時、後ろにいた部下に躍りかかる影が目に入った。


「ぬおおおお!」


 奇声を上げながら部下に襲いかかった男の容姿は異様だった。


 ボロボロで泥まみれの汚い着物は元は白で、袴は水色だっただろうと思われるが、あまりにも薄汚れていた。

 髪もボサボサに乱れて顔つきはげっそりと痩せこけて目が落ちくぼんでいる。

 だが城山はすぐに気がついた。


「不明の権禰宜ごんねぎだ! 捕らえよ!」


 しかし無茶苦茶に振り回す刃に苦戦する。

 振り回していると言うよりは振り回されているようだ。

 城山も腰の剣を抜き放って応戦したが、松明を掲げていた部下の一人が首をざっくりと切られて冷たい地面に崩れ落ちた。


 灯りを失い辺りは闇に溶けた。

 月明かりだけが頼りだ。


 城山の剣は鋭く早い。

 何とか狂った剣に付いていっているが、比べるべくもなく相手の方が早い。と、そこに高時が割って入ってきた。

「龍堂殿、危険です! 下がっていてください!」

「うるさい! 死にたくないなら気にするな!」

 高時の刀も相手を素早く弾く。

 弓はもちろんだが剣術にもかなり自信がある城山だが、それと互角、もしくは実践なれしている分、高時の方が上手うわてかもしれない。

 その二人しても狂った動きの狂人に敵わない。


「くっ」

 高時が押され、城山が弾かれる。

 再度高時が刀を振り下ろしたが、その刀が弾かれてはるか後方へと飛ばされた。

「ああっ、高時様!」

 狂った刃が高時に振り下ろされた瞬間、章時が飛び出して来て高時を思い切り突き飛ばして庇った。

「章時!」

 刃は章時の腕を切り裂いて地面に刺さる。

 グラグラと揺れながら地面から刃を抜き取ると、尻餅のまま後ずさる章時に向けて狂刃きょうじんを振り上げた。

 城山が章時を庇い間合いに飛び込むと、狂人は城山に向かって踊りながら斬りかかる。

 その時、倒れていた部下に足を引っかけてよろめいて尻餅をついた。

「くそっ!」

 手から転げ落ちた刃を拾う間もなく狂った踊り人が襲いかかる。


 咄嗟に側にしゃがみ込んでいた章時の襟首を掴んで男の方へと投げつけるように突き飛ばすと、男は転がった章時に足を取られて派手に転倒してばったりと倒れた。

 その隙に落ちた刀を拾おうとしたが、倒れている男の握る刃が己で意志を持ったように城山目がけて襲いかかって来た。


「なっ!?」


 男はまるで刀に操られているようだ。


 腕が体より先に動いている。

 降りかかる剣を転がりながら身をかわすが、這いずるように四肢を着いたままで刀が伸びてくる。

 その異様な姿に絶句して立ち上がることも忘れて動揺する城山に刃が振り下ろされた。


 己に真っ直ぐに降りかかる刃の煌めきを、思わず吸い込まれるように見つめた。


 ――ああ、なんて綺麗な光だ。


 死を招くその光に一瞬目を奪われた。


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