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Straighter

作者: HIEN

 まっすぐに彼女を見つめる君に、恋をした。

 まっすぐに彼女を見つめる君に、私の想いが届かないことは分かってた。


 だけど、この気持ちだけは、まっすぐに君に届いてほしくて。





 昼休みの教室、中盤をすぎて後半戦。大体のクラスメイトがご飯を食べ終えて、昼休み前半よりも喧噪が大きくなってるそんな頃。窓際一番後ろの席に座った私はヘッドフォンをつけて、ぼうっと教室を眺める。

 椅子を私の方に向けて私の前の席に座ってる親友の琴音は本の虫で、何か重要な話題がない限りは昼休みを読書に充てるから、私がヘッドフォンをつけて音の世界に浸ってても気にしない。

 互いが互いの好きな事を大切にして、だけど同じ空間を共有する。そんな過ごし方を好んでいる私たちをクラスメイト達は変わり者だって不思議そうな目で見るけど、そんな他人の目は気にしていない。無理してストレスを溜めるよりも、多少の奇異の目を無視してゆるりと生きた方が有意義だと思うから。

 ……そう、思ってたんだけど。

 普通の高校生っていうイキモノとはちょっと違う考え方をもって生きている私も、一般の高校生らしいイベントを体験している真っ最中だ。


 表情を変えずぼうっとした瞳のまま、クラスのとある一角に視線を移す。

 さらさらの肩までの栗色のストレートの髪、ほんのり垂れた大きな目、華奢な体つきだけど女の子らしく出るとこは出てて、優しくて笑顔の可愛い、女の子らしい女の子。そんなクラスのアイドルな金谷(かなや)さんは、仲の良い友達と何かの話題で盛り上がってにこにこと笑っていて。

 短く切り揃えられた黒い髪、鋭さをもった目、クラスメイトの中でも高めの身長に弓道で鍛えられたらしい体で、いつもどこか不機嫌そうな、思春期の男の子を体現したような男の子。そんなクラスメイトの鷹崎(たかざき)くんは、いつもつるんでいる友達の話を聞きながらもひっそりと金谷さんを視界に入れていて。

 襟足の髪の毛だけを伸ばし続けてそれをとりあえず結んだだけ、常にぼんやりと世界を見てる、身長も体型も女の子の平均くらいの、あんまり表情が変わらないっていわれる、普通の枠組みには入らないタイプの人間。そんな私こと八鳥(やとり)(あきら)は、親友との空間の中から金谷さんと鷹崎くんを視界に入れる。


 金谷さんへの愛しいという想いを、時折その鋭い目に籠めて金谷さんを見つめる鷹崎くんを、私は見ている。

 そんな風に鷹崎くんに見つめてもらえたら、なんて願いつつも無理だろうなって諦めながら見つめる私は、鷹崎くんに恋をしている。





 最初に鷹崎くんを認識したのはクラスが一緒になった時。書道とか弓道とか着物とか茶華道とか。日本文化が好きな私は時折弓道場を覗いていたから、鋭い目で的を射ぬく男の子がいることは知っていた。だけど、そういう人がいると知っていただけで、その人を個人として私は認識していなかった。

 二年生になって初めてのホームルームでの自己紹介の時に自分の名前を名乗って頭を下げた鷹崎くんをみて、弓道部のその人なのだとやっと認識した。

 でも最初は個人として認識しただけだったから、特に何というわけでもなく。

 騒がしいよりも静かなのを好む私にとって、ぎゃいぎゃい騒ぐクラスの男子達の騒がしさは好ましくなかったから、時折そんな彼らを諌める役割に回っていた鷹崎くんはクラスの中では好ましい男子という程度だった。


 そんな私の好ましいという程度だった感情が、恋愛感情っていう苦しくて幸せな感情に変わったのは夏休みの前日のこと。

 琴音と一緒に図書館で過ごしていた私は一人で図書館を後にした。普段は琴音と一緒に帰るけど、自分の好みドストライクの本に出会ってしまった琴音はきりのよいところまで読まないと絶対に移動しない。普段なら私も琴音がきりのいいところに辿りつくまで待ってるけど、今日ははまり込んでるのか少しも動く気配がない。

 なんとか琴音の意識をこっちに向けて帰ることを告げて、ついでに琴音の前に先に帰る旨を書いたメモを置いて。図書館を出た私は弓道場の前に差し掛かった時に、見てしまった。


 彼氏らしい男の人と一緒に嬉しそうに歩く、金谷さんを。

 そんな金谷さんを、じっと熱の籠った瞳で見つめる鷹崎くんを。


 その時に私は、鷹崎くんは金谷さんの事を好きだけど、金谷さんにはその想いが届いていないんだと認識して。

 金谷さんの姿が見えなくなってからゆっくりと目を閉じて。ゆっくりと瞼を上げた鷹崎くんがくしゃりと辛そうに顔を歪めたのを見て。

 私の胸は今まで体験したことのない、きゅうと締め付けられるような泣きたくなるような痛みを認識した。



 そんな自分の体験は、本の感想を語る琴音の口から聞く恋愛のあれこれによく似ていて、それに気づいた時にはそんな馬鹿な事、と思ったりもした。

 人の失恋現場に準ずるそんな場面に出くわして、ただ同情してるだけじゃないかとも考えた。

 ただの勘違いなんじゃないか、とすら思った。夏休み中、趣味に没頭する以外の時間に何度も何度も考えた。

 だけど結局夏休み中には答えを見つけられなくて。もやもやしたままの気持ちのまま登校した私は、教室に入って、金谷さんをひっそりと見つめる鷹崎くんの瞳を見た瞬間に解ってしまった。


 ああ、私は。鷹崎くんが、すき、なんだ。


 すとんと自分の中に落ちてきてその感情自体が愛しくて、表情に乏しい私がうっすらと笑みを浮かべていたことに気づいた琴音が怪訝そうな顔をしていたけれど、その理由は琴音にも言わなかった。

 自分の心の中だけで、この幸せな感情を愛でていたいと思ったから。





 鷹崎くんが好きなことを理解してから、ただぼうっと音楽の世界に飛び立っていた私は音楽の世界に没頭しつつも教室の風景に目を向けるようになった。

 彼氏さんと順風満帆な金谷さんと、そんな金谷さんに強い感情を向ける鷹崎くん。

 その瞳に宿る強い感情を見る度に、鷹崎くんの想いが金谷さんに届けばいいってずっと考えていた。鷹崎くんの想いが届くって事は私は失恋することだってわかってたけど、それでも届いてほしかった。

 鷹崎くんの強い感情の中に苦しさとか、悲しさとかが少しずつ混ざっていくのに気づいてしまっていたから。


 金谷さんを愛する鷹崎くんの瞳に、恋をしたから。

 鷹崎くんの瞳が私を捉えることなんてないって、私にそんな瞳を向けてくれることなんてないって解ってたから。

 私の届かないこの感情への餞として、鷹崎くんの崩れてしまいそうなその感情を応援する気持ちがあるんだっていうことを知らせたかった。





 だから、私は今日から、決行した。


 場所は弓道場と第二校舎の間にある、使う人が少ない水道。

 金谷さんの彼氏さんも弓道部員らしくて、休憩の時間に金谷さんは彼氏さんとよく一緒に過ごしている。

 そしてそんな二人を避けるように、鷹崎くんは休憩時間にこの水道前に来て、寄り添う二人の姿を見ている最中堪えていた感情を全て吐き出したみたいに悲しそうな顔をするから。

 水道の真上の二階の空き教室に忍び込んで、窓からこっそりと下の様子を眺めて。

 いつものように鷹崎くんが水道のところに来たことを確認してから、私はそっと腕に抱えていたギターを構えた。


 歌う曲は、君への想いを自覚した時からずっと一つだけ。

 頑張る君の心へと届けたい、エールだけ。




 琴音が本の虫であるように、私は音楽馬鹿で。

 琴音と家族の前でくらいしか歌わないけれど、愛用のギターを手に、短い曲を何曲も作っては自分の気が赴くままに、好きに曲を作って、好きに歌ってた。

 だけど、鷹崎くんに恋したあの日からは頑張る人を応援する曲しか思い浮かばなくて、私の手元には鷹崎くんを想う程に彼へ向ける頑張れって応援する曲ばかり増えていって。鷹崎くんへの頑張れっていう想いが曲になって増えれば増えるほど、鷹崎くんが苦しそうな瞳をすることが辛かった。


 出来ることなら、直接鷹崎くんの力になりたかった。

 だけど私と鷹崎くんには今までに何の接点もなかったし、他の誰にも気づかれないようにと言わんばかりにそっと金谷さんを見つめる鷹崎くんを見ていれば、彼がその恋をどれだけ大事にしているかは解ったから、彼のその想いに土足で踏み込むようなことは出来なかった。

 鷹崎くんのことを想うのなら、何もできない。

 でも、悲しそうな辛そうな鷹崎くんを、そのまま眺めているだけなんてできない。

 何度も何度もそう考えて、やっと私なりの答えに辿りつけた。


 鷹崎くん自身が他の人に知られないように、って大事にしてきた感情に触れるのは間違ってるかもしれない。

 鷹崎くんの苦しむ様子を見たくないっていう自分勝手な想いに基づいたものだから、鷹崎くんからしたら余計なお世話かもしれない。

 だけど、鷹崎くんは優しい人だから。

 きっと鷹崎くんは金谷さんが好きなことも、そうして抱いている苦しい想いも、自分の感情が彼氏さんと幸せな金谷さんを傷つける材料になるかもしれない、って考えて誰にも話してないだろうから。

 鷹崎くんはそういう人だって、私は知ってるから。

 だから、自分の想いよりも、鷹崎くんを頑張れって応援する気持ちの方が大事になったんだ。




 カーテンの陰に隠れて、私の姿が見えない場所に陣取った私は歌う。

 ギターを鳴らして、声を飛ばして。

 直接恋を歌った歌だけじゃなくて、いろんな歌を歌った。ロック調の激しい曲も、バラードも。日本語だけじゃなくて、英語も使ってみたり。時にはハミングだけで歌ったりもした。

 だけど、どの曲にも頑張れって想いを込めた。


 私の歌に気づいたらしい鷹崎くんは、最初の頃は休憩するのもそこそこに逃げるように消えていた。

 そんな様子に心の奥底はじくじくと痛んだけど決めたことを諦めるつもりはなくて。鷹崎くんが休憩の為に水道のところに来たのを確認しては歌い続けた。

 そうして気づいたら、鷹崎くんが私の歌を聴いてくれてる時間が少しずつ延びていて。冬休みが近くなる頃には曲を全て聴いてから、その場を離れるようになっていた。

 辛そうな顔を見せる頻度が減っているように思えて、それは私の勘違いじゃなくて、クラスでも鷹崎くんはよく笑うようになった。

 他に何か理由があるとは思うけど、私が鷹崎くんへ歌い始めてからみられるようになった変化だから、私もその変化の一端を担ってる気がして嬉しかった。




 そして、今日は冬休み前の終業式。

 鷹崎くんへの行動をいつのまにか感づいていた琴音に見送られて、私はいつもの場所に陣取る。カーテンの陰の定位置に座ると今まではいい感じの緊張に身が包まれていたけど、今日の私はその緊張に浸りきれなかった。

 ……原因は、分かってる。教室で金谷さんとその友達の会話を聴いて、見てしまったから。

 金谷さんが仲睦まじい様子だった彼氏さんと別れた、っていうその話を。その話が耳に届いたらしい鷹崎くんがほんの少し、でもしっかりと目を見開いたその姿を。


 きっと今の鷹崎くんは、彼氏さんっていう障害がなくなったから金谷さんにアプローチする事を厭わないはず。

 よく笑うようになった最近の鷹崎くんは女子の評判がよくなっていて、これまで以上に魅力的になっているから、今の鷹崎くんならきっと想いを遂げられるだろう。

 鷹崎くんが、金谷さんに強い視線を向けていた鷹崎くんが。私の恋した鷹崎くんがその想いを遂げられる。自分の恋の成就なんてとっくに諦めている私にとって、鷹崎くんが苦しい顔をすることがなくなることは望みだったはずなのに。

 それなのに、心がきゅうと軋んで、泣きたくなるくらいに、苦しい。


 逃げたくなって、思わず立ってしまって。それでも鷹崎くんに向けて歌うこと――鷹崎くんに間接的にであれ関われることを嬉しく思っている自分が逃げ出そうとする足を止める。

 どうしよう、と思ってその場をうろうろしつつ、何気なく窓から下を見て。そして私はそこから飛び退いた。

 だって、まだ時間があったはずなのに。

 見下ろした先のそこ、水道のところには既に鷹崎くんが、こっちを見上げるようにして立っていた。

 これ以上姿を知られないように、と思ってそっとカーテンの陰の定位置まで移動してから、そっともう一度水道のところを見れば、鷹崎くんはさっきの姿のままこっちを見ていて。

 その姿は、私の歌を望んでくれているようにしか見えなかったから。私の迷いは吹き飛んだ。



 ギターを構えて、弦へと指を滑らせて。

 弦を弾きだした指に合わせて、大きく息を吸って、放つ。

 籠めるのはただ、ひとつ。

 誰よりも優しくて、不器用な、そんな君への頑張れのエール。

 君へと送る、私の愛のカタチ。


 きっと、君の強い想いは形になるから。

 だから、これが。私が君へ送る最後のエールになるんだろうね。


 君が悲しくないのなら、私の中から君へのエールを形作る歌は生まれないから。




 最後の一音の弦を弾いて、そっと息をつく。

 自分の全てを詰め込んだ、今までの中で一番の私の歌。

 歌い切れた幸せと、全力を使い切った気怠さからずるずると椅子からへたり降りて、さて帰ろうかなんて思っていたら。



「ありがとう」

 窓の外から、私に届くようにと張り上げられた鷹崎くんの声が聞こえた。

 今までになかった鷹崎くんからのアクションに驚きすぎた私は動けない。鷹崎くんの位置からは私の姿は見えないはずなのに、鷹崎くんは更に言葉を続けた。

「君が、誰か俺は知らない。

 君はただそこで歌ってただけかもしれない。

 でも君の歌が、俺を元気づけてくれたから。

 だから、ありがとう」


 そこまで鷹崎くんの言葉を聞いた私は、ギターを抱えて教室から飛び出した。

 このままあの場所にいたら、心が荒ぶるままに叫んでしまいそうだったから。




 まっすぐに彼女を見つめる君に、恋をした。

 まっすぐに彼女を見つめる君に、私の想いが届かないことは分かってた。


 だからこそ、この気持ち――君の幸せを願う心だけは、まっすぐに君に届いてほしいって願ってた。

 彼女を見つめる君に、私が出来るのは君の幸せを願うことだけだったから。

 そして、今。私の気持ちが君に届いたって知れたから。


 この想いが報われなくたって、私は幸せだ。

 心がきゅうきゅう痛いのも、涙が落ちるのも。きっと少しとは言えない長い間、君への想いが私を苛んだとしても、それでも私は幸せだ。





 冬休みが明けてから。私は弓道場と第二校舎の間にある、水道の真上の空き教室には行っていない。

 鷹崎くんから『ありがとう』の言葉をもらえたからなのか、鷹崎くんへの頑張れの気持ちをベースにした歌が生まれてこなかったし、鷹崎くん自身も辛そうな瞳をすることはなくなっていたから。


 そして、私は今日もヘッドフォンをつけて、ぼうっと鷹崎くんを視界に入れる。

 何かを探すように、探るようにゆっくりと視線を巡らせる、狩りをする時の肉食獣みたいな目をした鷹崎くんを。




 ちなみに、鷹崎くんが肉食獣みたいな目をしていたその理由を、私は三年生の秋に知ることになり。鷹崎くんが『ありがとう』と言ったあの日、鷹崎くんの言葉には更に続きがあったと知るのはその後のこと。

 報われないと思って、穏やかに終わりを迎える時を待っていた私の想いがすくわれるのは、また別の話。

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