世界は脇役で回る
男女どちらにも使えそうな瞳
多くを語らない口
聞き上手な耳
SNSの初期アバターのような髪型
整っているわけでも、崩れているわけでもない顔
女子からの評価
「んーと、好きか嫌いかで言ったらー」
普通。
それが総称して俺に付けられる価値
フツーって何だよ!?
なんで二択なのに別の答えが出ちゃうの?
「それならいっそ…」
視線の先には隣のクラスのケンジ。
女の子にいらぬちょっかいを掛けて
好感度を下げている所だった。
「いや、あそこまではなりたくないな…」
嫌われている事に気付いてないのか、
なぜか満足げなケンジ
まぁ、どう頑張ってもおれはケンジになれないわけで。
そんなことをふと考えていると
後ろからキラキラした空気とともに
明るく元気な声がやって来る。
「ノブヒロ君、おはよっ!」
同じクラスの笑顔ちゃんだ。
容姿端麗、頭脳明晰、運動神経抜群
性格もいい、何この完璧超人は!
「お、おはよ。藤篠さん」
(はぁ、それなのに気取らない所が良いんだよなぁ)
「むっ」
小さな顔の頬を精一杯膨らませて、
優しい顔しか似合わない眉を一生懸命につり上げて怒る笑顔ちゃん。
(え、なになになんで怒ってんの)
「むむむっ」
(でも怒った顔も可愛いってどゆこと!)
「笑顔」
「え、」
「名前で呼んでって言ったのに」
「あ、あぁごめん、笑顔…ちゃん」
「よろしい」
パァっとキラキラしたニッコリ顔になる笑顔ちゃん。
やっぱり可愛い。
笑顔ちゃんの可愛さは勢い止まることを知らず
ファンは学校内だけでなく、町内、
いやネット上では女神とさえ称されてるという噂が…。
て、そんなことはどうでもいい
このまま学校まで通うことができたなら
俺は本日の主役だ。
「笑顔ちゃん、が、学校まで一緒に…」
「あ!」
「何!?」
「私日直なんだった!だから早く行かなきゃ!」
「そ、そうなんだ…」
(日直のバカ野郎!笑顔ちゃんに回すなよ)
てか、日直だから早く学校行かなきゃ!って何
俺そんなに日直で頑張ったことないんだけど!
もしや、小林がーーーー
小林。クラスの担任。地味。
「藤篠、日直は朝早くから夜遅くまで先生に尽くすんだぞ」
「ああん、先生ぇー」
「許すまじ。コバヤシ~~~って、あれ?」
笑顔ちゃんの姿はもうそこにはなく、遥か彼方道の向こうでまた別の誰かに挨拶しながら学校へと向かっていた。
そんな様子をぽけ~っと見ていると
「『やっぱ笑顔ちゃんは可愛いなぁ』って所かしら?」
「!?」
「おはよう。モブヒロ 君っ(はーと)」
笑顔ちゃんで癒された心は一気に毒された。
「モブじゃねぇよ!ノブだよ!」
「ごめんねさいね、妄想中に」
「謝るところそこじゃねぇよ!なんだよシノフジ」
コイツはシノフジ。篠藤 涙。
名前からもう表れてるけど、笑顔ちゃんとは全く正反対
髪の毛はボッサボサの伸ばしっぱなしだから幽霊みたいだし、
授業はサボるは遅刻はするはのいわゆる不良。
どこかの誰かが付けたあだ名はレディースの貞子。
なんでかわかんないけど関わりを持ってしまった。
一緒にいてもろくなことがないのに…
「お前がこんな時間に登校してるなんて珍しいじゃないか」
「…?いいえ、私はいつも通りよ」
「え」
「珍しいのはこんな時間に登校中のモブヒロ君じゃないかしら?」
「やべぇ!」
不気味な笑顔を浮かべるシノフジ。
そんなのに構っていられないと全力で走る
校門まであと1km。
100mが15秒台の標準の運動神経の俺なら3分程で着く。
まだ間に合う
学校の校門が見える。
生徒指導の寺岡が門を閉めるところ。
「間に合えぇえぇぇぇいいい!」
・・・・・・。
ガチャと寺岡が門を閉める音。
この音より遅く到着した者は遅刻だ。
たとえ1秒でさえ。
「はぁ…はぁ…」
俺はと言うとギリギリセーフ。間に合った。
門には寺岡と隣にタイムウォッチを持ったシノフジ
「2分40秒。平均タイムよ!」
「ってなんでお前の方が先にいるのーーー!?」
ほんとに謎の多い奴だ。
シノフジの噂はある意味では笑顔ちゃんより有名だ。
都市伝説的な意味で。
ひょっとして俺にしか見えてなかったりして・・
# # # # 授業が始まりました # # # #
いつも通りの時間に学校に通い授業を受ける。
これが多くの学生の日常であり、モブキャラの宿命だ。
モブは日常のリズムを崩すことなく、世界を安定させ続ける。
世界が主人公ばかりで溢れたらどうだろう?
勉強はしないし、怪物がクラスを襲撃したり、
決まりきった奴としか話せないし、恋もできない
あ、最後のはモブもメインも一緒か。
俺らは多くの人がいながら、その中で限られた人間としか繋がりを持てない。
全員と繋がりを持とうとするとどうなる?
わからない。
てか多分全員と繋がる体力を持つ人間がいない。
だから自分と気が合うだとか都合が良いだとか、縁があっただとかいろいろ理由をつけて上手く噛み合った人間とだけ繋がりを持つ。
とにかく、主人公だけで物語は作れないということだ。
脇役がいて初めて物語の枠組みが作られてそれを崩す存在。それが主人公となる。
シノフジはあれだ。たぶん反抗期。
この脇役だらけの世界から外れたくて、少女マンガの主人公やヒロインみたいに恋愛ばっかして勉強しない。とか少年マンガの主人公みたいに敵と戦うために学校休んじゃうとかそんな所を間違った方向性で模範してしまった被害者
「可哀想に…うぉ!」
突然ズボンのポケットが激しく震える。
メールだ。相手はシノフジ。
「あなたに可哀想って思われる事ほど可哀想な話もないわね」
「な、なんだよ」
なんで考えてることが解ったんだエスパーかっ
「モブ、事件よ!」
「だからモブじゃねぇよ」
「授業から何とか抜け出して来てちょうだい」
でも、なんかシノフジに関わってると
つまらない脇役の日常から連れ出してくれそうで何か込み上げてくる。
主人公の割合が全体の1%だとして、俺がたとえ残りの99%の方だとしても、99%の中でちゃんと楽しんだ一人でありたい。
「先生!」
「どうした?ノブヒロ」
「具合が悪いので保健室に行ってきます」
「先生!」
「どうした?笑顔まで」
「私日直なのでノブヒロ君を保健室に連れて行きます」
(笑顔ちゃん、日直はそこまで仕事多くないよ)
「ノブヒロ君大丈夫?」
「一人で大丈夫だよ」
「でも…」
(サボりバレちゃうし…)「大丈夫だから」
「わっ、私…保健委員なのでっ!」
大きな声をあげて立ち上がったのはメガネの女子
名前は…えっと・・・
(てか一番前の席でメガネの女子は普通学級委員だろ)
「そんな大勢で行ってもなぁ」
(そういう問題!?)「一人で大丈夫です」
「よし!先に名乗り出てくれた笑顔、連れていってやれ」
(話聞けよ!てか保健委員の立場は?)
「はい!さぁノブヒロ君」
(笑顔ちゃんも何かヤル気満々だし!)
「先生!オレも具合が…」
「具合が…」
次々と体調不良を訴える生徒たち(特に男子)
恐らく、笑顔ちゃんの付き添いで保健室に行けるというラッキーイベントを体験したいという欲望で溢れた連中たちだ。
「そうか、じゃあ保健委員連れていってやれ」
「はい!」
(先生、彼女は名前で呼ばないのかよ!)
「あれ、具合が、良くなった?」
「あれ、オレも」
(わかりやすっ!)
「じゃあ席に戻れ」
「ガタン、がくっ、しゅん…」
(保健委員もっとわかりやすっ!)
「ノブヒロ君、早く行こっ?」
笑顔ちゃんに強引に教室の外に出される。
モブだらけの授業中の学校の廊下は恐ろしいくらい静かだ。
「・・・・・・」
(うわぁこんな真っ直ぐな子に嘘をついて心が痛い)
「ノブヒロ君、、、」
「はいっ!」
「具合が悪いっていうの、嘘でしょ」
悪戯に微笑む笑顔ちゃん。
「え、えーっと、・・・・うん。」
やっぱり彼女に嘘はつけない。
「ダメだよー?サボりはー」
と言いながらも楽しそうな顔を浮かべる笑顔ちゃん。
「ごめん・・」
「秘密だね」
「えっ」
「私とノブヒロ君の秘密」
「秘密」
なんか嬉しい表現。
「私にも協力できることだったら教えて」
「それは…(教えられない、てか俺も知らない)」
「…わかった」
「え」(なにが!?)
「今はなんでか言えないかもだけど、後で教えてね?」
「うん、ありがとう(なんかよくわかんないけど)」
笑顔ちゃんの魅力が学校の域を越えている理由が解った気がする。
「じゃ、私は教室戻るね」
「じゃ」
「さすがは皆のヒロイン藤篠 笑顔ね」
「うぉお!シノフジ!?いつの間に」
「あなたが遅いからよ」
「答えになってない」
「迎えにきてあげたの、感謝なさい」
「あーありがとねー」
「感謝は態度で示しなさい!お金を献上するとか」
「なぜそこまで感謝せねぱならん」
「靴を舐めるとか」
「話がずれてきてるぞ」
「そうだった…。事件よ!」
# # # # # 事件の全貌 # # # # #
シノフジが持ってくる事件というのは些細なものばかりだ。
脇役の事件なんて所詮はフレームの隅とか
もしくは映ってないところで起きるものばかりだ。
大きな事件は主役のために残しておかなければならない。
今日は俺と同じクラスの真面目な生き物係、香織ちゃんが髪型を変えようとしているというものだった。違うクラスのシノフジがどこでそんな情報を手に入れたんだ?
「別に良いんじゃないのか?髪切るくらい」
「はあ?事件よ!脇役が髪型を変えると世界の秩序が不安定になる」
「主役が髪型変えるって言うならわかるけど」
「登場回数の少ない脇役がコロコロ髪型変えたら新キャラ登場と間違えられるのよ」
「そうか?」
「わかりやすくあなたで例えるわ」
「なっ!?」
「あなたの髪型がある日突然モヒカンになったらどう?」
「不良高校の物語の雑魚キャラだ…」
「あなたの髪型がある日突然長髪になったらどう?」
「イケメン学園の群衆の一人だ」
「イケメンかどうかは置いておいて」
「置くなよ!」
「あなたの髪型が変わるだけでも物語はズレを生じさせる」
「でも決して主役にはなれないという現実を知らされる(泣)」
「いいのよ、あなたはそれで」
「良くない!」
「あなたの魅力は群衆に紛れられるという事なのだから」
# # # # 放課後 # # # #
「いらっしゃいませー」
美容室に紛れ込んだ俺。
シノフジは隣で変な客として座っている。
もうすぐ香織ちゃんがここにやって来る。
おしゃれな鐘の音がして香織ちゃんがやって来た。
「いらっしゃいませー」
「あれ、えっと…、ノブヒロ…君?なんで」
(今ちょっと名前思い出す時間あったろ)
「ここ、親父の店で、手伝い…?(ウソ)」
「そーなんだ」
「今日忙しいみたいでさ、安くするから俺が切ってもいい?」
「変な髪型にしないでね?」
「じゃあ髪を切らない方がいいわ」
「おい、黙ってろよ」
突然横から話に入ってくるシノフジ。
「ん?」
香織ちゃんは気づいてない様子。
「いや、なんでも、あはは…」
「じゃ、お願いします」
自分でいうのもあれだが、さすがは女子からの評価「普通」の安定枠の俺。女子からちょっとでも嫌われていたり、ちょっとでも好意を持たれていたら同級生に髪を切られるなんて、生理的に無理か、恥ずかしいから無理で、到底達成できないミッションだ。ちょうど平均の俺だからこそ大丈夫とされる。
(なんか自分で言ってて悲しいな)
「具合悪いのは大丈夫なの?」
真面目で優しい生き物係、香織ちゃんらしい会話の切り口
「あ、あぁもう大丈夫」
「ふーん」
聞いた割には素っ気ない反応の香織ちゃん。
今はヘアカタログを見るのに夢中だ。
大胆な髪型に変えようと決心しているからなのか
強くカタログを握りしめているようにも見える。
「今日はどんな髪型にしましょう?」
もちろん本当に切るつもりはない。免許持ってないし!
「んーとねー。」
今見ているページはギャルのモリモリした髪型のページ
(やめとけやめとけって)
「これ!」
「やめとけ…って、えっ?」
一番無難なセミロングヘアーの髪型を指差す香織ちゃん。
(なんだよ、取り越し苦労かよ…!)
てか、それは今の髪型と違いあるのか?
「じゃあ、シャンプーするのでこちらへどうぞ」
予めシノフジと打ち合わせしてた作戦成功の合図を口にする
「きゃあああああ」
シノフジは発狂する。
「どうなさいましたか?お客様」
「アナタには任せてられないわ、チェンジ」
すかさず側に寄って
「何かございましたか?お客様」
「この人私の髪の毛を切ろうとしたのよ?チェンジよチェンジ」
(美容室に来て髪切ろうとしたら怒るのはお前くらいだ)
「ここはお任せください。あなたはあちらのお客様を」
と言って香織ちゃんと交代してもらう。
「もう結構よ」
そそくさと出ていく変な客シノフジ。
「店長、休憩いただきまーす」
「ん?んん、あぁ」
と言って俺も自然に出ていく。
作戦は無事に成功し、事件は起きずに終わった。
「ご苦労様、モブ」
「ただの取り越し苦労だったじゃねーか!」
「今は香織ちゃんの道が逸れなかった事を喜ぶべきだわ」
「ごまかすなよ!」
「それよりーーー」
「?」
「美容室に行って私、変わったかしら?」
「わかんねー」
香織ちゃんもそうだけど、女子が僅かな変化で楽しむのはどうしてだろう?
「まぁ髪切ってないものね」
「切ってないのかよ!何が変わるんだ」
「雰囲気…?」
「お前は変わらねーよ」
たぶん、大きくは変えたくないけど、誰もが自分の中の小さな日常を変えたいと思っているのかもしれない。
俺が今日授業をサボって日常を変えたように。