2話
「………ぅぅん…」
冷たい風が脚を撫でる。うっすらと目を開けるとお月様の光が教室を照らしていて電気が点いてなくても明るく感じる。
うん?お月様…??
「ってうわああああ!!寝過ぎたっ!!」
委員会が終わった後、完全うじうじいじけモードだった私は帰る気分にもなれず教室で暇をつぶしていたのだ。が、やることはあったちゃあったけど(宿題とかね!)やる気になれずそのまま寝てしまったらしい。
時計を見ると8時半を過ぎていた。学校は9時に閉まるからまだ余裕はあるけど危なかった…。いやそれにしてもよく寝たもんだ。
このままだと警備のおじちゃんに怒られかねないからさっさと帰ろう。
現在の時刻は8時55分、そして私の現在位置は2階である。もちろん家のではない、学校の校舎の2階だ。因みに3階の教室を出たのは8時40分のことである。
つまり私は一つの階を降りるのに15分も費やしていることになる。もちろん普段からそんなに時間をかけて校内を移動している訳ではない。
私は忘れちゃいけないことを忘れていた。そういえば私は自他共に認める極度のお化け嫌いだった。
そして私が今いるのは言うなれば夜の学校であり、学校の七不思議の一つや二つおこっても何らおかしくないというよりむしろおこりそうで怖くて動けない。ひいいい帰りたいよ誰でもいいからヘルプミー!!
そう心の中でいくら助けを呼んでも周りには誰もいない。頼れるのは自分だけだ。
う…うっし、落ち着くんだ園田。夜と言えどここはただの学校。遅刻しそうな時や 、昼休みに売店に行くときはこんな階段猛ダッシュしているじゃないか。9時まで残りあと3分、あとは校門まで走り抜けるだけだ。行くぞ園田お前はやればできる子だ!!
脚にグッと力をいれたその瞬間。
……………ペタッ………ペタッ
いまっ…今、何か聞こえたああああああ!!
人間の足音にしては妙にペタペタし過ぎている。人間じゃないってんなら、この音は一体…??
わあああああっ何でそういう考え方しちゃうかな全くもうっ!!もしかしたら靴の裏に粘着テープはっつけて歩くのが趣味の人だっているかもしれないじゃん!!何それ意味分かんないもう嫌だああ…っ。
今の音に完全にびびった私はへなへなと階段に座り込んでしまった。もういいや怒られても良いから警備のおじちゃんに泣きついて校門まで送ってもらおう…と階段で体操座りをしガクガクブルブルのマナーモード状態に入った。こうなってしまうとどうしようもない。時間が過ぎるのを待つしかないのだが…。
……ペタッ…ペタッ
明らかに足音が私に近づいてきている。
どどどどうしようっ…。立とうにも脚が生まれたての小鹿の如くプルプルしているので使い者にならない。
…ペタッペタッペタッ
ひいいい回数が増えてる!ナムアミダブツナムミョウホウレンゲキョウお願いだからどっか行って下さい!!
ペタッペタッペタッペタッ
あ、これどうにもならないわ。
と覚悟をしたその時。
「えっ…?」
聞き慣れない声が聞こえた、しかも後ろから…。ここで振り返ってはいけない振り返ったら死ぬ。だから見ちゃいけないなんて分かっているけど…。見ちゃいけないと分かれば余計に見たくなる悲しいかな人間の性である。
おそるおそる声のする方を向き、固くつむっている目を少しだけ緩めた。
そこには踊り場で猫耳をつけた小田君がポカンとした顔で立っていた。
は、猫耳??
今度はこっちがポカンとしていると、我にかえった小田君が私がいる方とは反対の方向に走りだそうとした。
そうはさせんっ!!
「おおおおお小田君っ!!」
「うわっ!なっ何!?」
小田君が走りだそうとする前に階段を一気に駆け抜けスライディングし無事小田君の脚を掴むことに成功した。やっぱり私はやればできる子なのである。
小田君は珍しくびっくりしているようだがそんなことは知らない。というか正直こっちがびっくりだ。靴の裏に粘着テープはっつけて歩くのが趣味の人じゃなくて、猫耳をつけて歩くのが趣味の人がいるとは…。しかもそれが小田君だなんて…ぶふっ。
い、いかんちょっと似合っているのがまた面白い…。いやいやそんなことより。
「おおお小田君っ!!できることなら校門まで一緒に帰らないかいベイベーていうかそうしよう今見たことは誰にも言わないから!!お願いです後生ですから!!」
「はぁっ??一緒に帰るってあんた正気か!?」
「正気も何も私は本気ですよ失礼な。っていうか今日委員会サボったでしょ私だってサボりたかったのに!!」
「いや、まあそれは…」
「まあ今それはどうでも良いんだけどね」
「…怒ってないの??」
「一緒に校門まで帰ってくれたら怒らない」
「………」
あの小田君が言いくるめられている、しかもこの私に。というか噂で聞いているよりも小田君はまともな人な気がする。…いや猫耳をつけて歩く人をまともと言って良いのだろうか??
「おーい。もう閉校時間とっくにすぎているぞー」
やっと警備のおじちゃんが懐中電灯を片手にこちらに向かってきた。声色が怒気を含んでなさそうでほっとする。
「ほら、親御さんが心配するから早く帰りなさ…
ギィャアアアアアアア!!?」
おじちゃんが小田君を懐中電灯で照らすとすぐの断末魔の叫びをあげた。そのまま懐中電灯を投げ捨てて暗闇に沈んでいる廊下を叫びながら駆けて行く。
声が反射してとても怖い。
別に猫耳つけいるだけなのにそんなに驚かなくても…。
その後、懐中電灯を鞄につっこんだ後、小田君が一緒に校門まで帰ってくれた。小田君は終始私の方をちらちらと伺い眉を寄せていたので、私の顔に何かついているのか聞いたらいや…と口をもごもごさせていた。
どうやら猫耳趣味を見られたのが気恥ずかしいらしい。その割には校門までずっと猫耳をつけていたけどね。
一緒に帰っている時に気付いたのだが、小田君のお尻には尻尾が、手足には肉きゅうや爪のついた手袋と靴を装備していた。小田君は本格派の猫耳趣味があったのだ。
小田君と校門で別れた後、彼のイメージからは全く想像出来ない趣味に思い出し笑いをしながら家に帰ると鬼のような形相のお母様が玄関に立っていた…。し、しまった門限を忘れていた。
こっぴどく叱られて泣きながら食べた晩ごはんのオムライスは甘じょっぱくて美味しかった。