消えた青年の話 03
「『先見』のことですよね」わざと言ってみる。
「私は、あまり不思議なことだとは思っておりません、個人的にも」
「ほう?」
佐伯が背筋を伸ばした。
サンライズはのんびりした口調で続ける。
「勘のするどい人は、どこにでもいますからねえ。それに、未来がわかる、と言ってもちゃんと筋道をたてて考えられる頭のよい方でしたらば、ある程度は先が予想できるのでは?」
彼ははしばし、きょとんとしていたが、急ににっこりして何度もうなずいた。
「そうそう、ワシも前の調査の時に言ってやったんですわい。こんなのは勘で答えるしかないだろうって。先のことなんてちゃんと判ったら、誰も苦労はせん、ってね」
佐伯はわずかに警戒心を解いたのか、もう少し踏み込んだ話をしてくれた。
ケンジのことも、実は何人かが『先見』したらどうだろうか? という話もあったらしい。
さすがに言葉を濁していたが、やはり彼らの間では『先見』というツールは非公式に存在しているらしかった。
「ため池に落ちたんだ、つうヤツもいて、近所はすべてさらいました(何もしなかったわけではないらしく、サンライズは少しだけ安堵する)、緑池、手洗池、三平池、二ツ池……そしたら篠原のバアさんが急に、東京に出た、言いだして。デスコのほれ、なんですか、黒子?」
「黒服ですか」
「そうそのクロネコさんやっとる、と」
何人かで東京まで捜しに行ったが、結局見つからなかったそうだ。
「つまりね、『先見』だろうか何だろうか、さっぱり役にはたたんワケですよ」
ははは、と付け足したように笑い、二杯目の茶を飲み干した。
彼の湯飲み茶わんには、白っぽい厚手の地に紺色の文字で
『清水港の名物は
お茶の香りと
男伊達』
と刻まれている。
きっと清水に住んでいるオッサンの湯飲みには
『北の酒場通りには
長い髪のオンナが似合う』
とか書いてあるんだろうな。
サンライズはぬるくなったお茶をぐい、と飲みほした。
佐伯の家を辞して、表に出た。
空はますます低く剣呑な雲が垂れさがり、山並みが黒い塊となって、彼らのいる平地を取り囲むようにそびえていた。雪になりそうだった。
「寒くなったわねぇ」シヴァはどこに行ったのかしら? とボビーがきょろきょろする。
ボビーが電話をかけている間、サンライズもあたりを見渡した。
先ほどの男の子は、もう家に入ったのだろうか?
あたりには人影がない。
先が見える人も、見えない人もみな一様に自らの殻の中にもぐりこみ、じっとしているのだろうか。
「シヴァ、もう駅に帰ったって」
ボビーが電話をたたんでうれしそうに言った。
「私たちもホテルに帰りましょう、リーダー」
今度は彼も、反対せずに駅まで歩き出した。