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未来は変えられる、と

「ケンジのことも」

 地区長は、ようやく切り出す。

「何かと、世話になりました」

「いえ」

 サンライズは、まだまぶしさに目を細めながら答える。

「残念な結果でしたが」 

「あれは」

 地区長は、雪の眩しさには慣れているのか、相変わらずのギョロ目だった。

「なんと言いますか……」

 さすがに言葉に迷っているが、ようやくこう答える。


「誰しも、覚えがあるかもですが。

 自転車に乗り出した頃、楽しくてとにかく漕ぎまくりますがね、そんな奴らの中にもひとりかふたり、いますよね。

 ハンドルの扱いがどうも上手くなくて、どうしても、向かう先が崖っぷちしかない、ってのが……」


 しばしの沈黙の後、サンライズはまっすぐに地区長をみた。


「私にも覚えはあります」


 ほお、と地区長が相槌を打つ。そこに淡々と彼は語る。


「自分の力が制御しきれずに、どうしても崖っぷちに向かってしまう、そんなことは、多分誰でもあるのか、とは」


 しかし、と彼は言葉を継いだ。


「ただ今回は、その自転車のハンドルをつかんでいたのは、彼の周囲だったのでは、と」


 そして常に気をつけろ、と叫び続けて結局彼を崖に導いてしまったのは、彼の母親だったのでは。

 その言葉だけは、ようやく飲み込んだ。



「最後にひとつだけ、教えて下さい」

 小役人アオキを演じていたサンライズは、ヤマモト地区長のひげ面をじっと見据えたまま、こう尋ねた。


「この結果も、見えていたんですよね?」



 地区長は、ぎょろりとした目に力をこめてじっと彼をみつめていたが、急にふっと目線をそらした。


「アオキさん、運命とか未来っていうのはね」


 壁のようにそそり立つ山々の峰をながめながら、誰に言うともなく語っていた。


「そういうモンは、結局は我々が変えていけるものだ……どんなに悪い結果が予想されようとも、それを覆さなけりゃ、良くしていかにゃ、というくらいの気持ちが必要かも知らん。そうすれば行く先は変えることができる、そうさいね……」


 そしてふたたびサンライズの目を見つめた。


「結果は、見えとりませんでした。ケンジが見つかるのも、アイツラが捕まるのも、ワタシらには全然予想できんかった。

多分、アオキさん、アンタが結末を変えてくれたんだろう」


 これ以上は聞くな、という眼をしていた。


「だったら、安心しました」


 軽く別れを告げ、彼はボビーの待つ車へと向かおうとした。

 と、今度はヤマモトが


「アオキさん」

 呼びかけた。


「何でしょうか」


「アンタも同じだ。自分の運命は変えられる」

 少しだけ表情を和らげて続けた。


「以前、アンタらのカイシャの方にも言ったよ、ソネザキさんに……同じことをね」


 サンライズは完全に彼の方に向き直った。


「彼は何て答えましたか?」

「うん……笑ったね、大笑いした。それから言ったよ。『了解』って」


 ソネザキさんに会ったらよろしく、とヤマモトが言う。分かっていてあえて、そう言ったのだろうか。サンライズは黙って頭を下げ、彼らの元を辞した。




 ドミンゴ・リーダーは、その後の任務で帰らぬ人となった。

 しかし、最後の最後まで可能性にかけたのだろう。

 決められたようにみえる未来を、変えるべく。


 そう思っていたし、そう思っていたかった。

 たとえどんなことが先に待ち受けていようとも、最後まであきらめたくない。

 それが、自分も報告書で述べようとした、たった一つのことだった。

 

 凍った空の雲間から、薄い日が光の束となってまっすぐに上田の平野を射しているのが見えた。


 ヤコブの梯子と言うんだ、前に彼の上司だったリーダーが教えてくれた。

 さしずめ、彷徨える人々を天に導く光なのだろうな。


 それにしては、あまりにも儚い、淡い光だった。




 電鉄の警笛が天からのトランペットのように、雪に包まれたその地に響き渡った。





(了)

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