撤収の朝
ようやく撤収となった朝。
駅前広場は薄く積もった雪が朝日に反射して、新しいものに生まれ変わったようなきらめきに満ちていた。
ボビーが荷物をまとめてフロントに出ると、サンライズの姿はなかった。
また煙草に行ったのだろう、と気にもせず、化粧を直そうとバッグをみると、ポーチがない。
また部屋に置いてきてしまったのだろうか?
少し動きたい気分もあったので、エレベータではなく非常階段から四階にあがって行った。
フロアの入り口脇から聞きなれた声が耳に入った。
電話をかけているのか、ジャマにならないようそっとのぞいてみると、思った通りサンライズだった。
「……うん、久しぶり」
あらやだ、私用電話みたい。
つい足を止めてしまう。
「いや、別に変わりはない。家族も元気だし。そっちは?」
奥さんにではないのか?
「いやぁ」
何だか、すごく照れている。
「実はさ、カイシャの同僚に言われてさ……たまにはオフクロさんに電話でもしてやれよ、って。ただ声聞くだけでいいから、って」
ママに電話したんだ。ボビー、思わず口を押さえて笑いを噛み殺す。
次に、愛してる、って言うのよちゃんと。
「そうそう、こっちも元気だからさ……え? 言わなかったっけ? 局、辞めたんだ。ホント。うん? いやもう4年、5年になるかな? そうだね、もうかなり会ってなかったなあ。結婚式以来か。オレ? うん、全然別のカイシャに行ってる。どういう、って……まあ今までと同じような感じで、そこそこ安定してるよ。色んな所を回って調査とか。同僚もいいヤツばっかりだし」
その後、向うの近況を色々聞いているようだ。
「なら良かった、うん」
子どもも連れて遊びにいらっしゃいよ、とくどくど言われているらしく、うん、うん判ったじゃあね、とあわてて電話を切った様子が判ったので、咳払いして階段を上がっていく。
「何だよ」
またすねたようにボビーをみる。
「聞いてやがったのか?」
「聞かせてたんじゃないの?」
失礼しちゃうな、と怒った顔をしつつも、携帯電話を大事そうにカバンに入れた。
「ちゃんとオフクロに電話しましたよ。オマエ証人だからな」
「愛してる、って聴こえなかったけどね」
「はいはいすみません」
「リーダー、」
話を変えようと、ボビーは聞いてみた。
「局を辞めた、って……前もこんなシゴトしてたの?」
「あれ? 話したことなかったっけ?」
隠していたわけではないらしい。
「オレ郵便局にいたんだ。窓口業務で、5年くらい」
「えええ? ポストマンだったの?」
想像できない。
それがどうしてこんな所に? と驚いて聞くと
「それがオレにも不思議なんだなあ」
とつぶやいている。
「アオキカズハル、特務リーダー・サンライズは元郵便局員だったのね」
「あのさ、クリスくん」
急にボビーを本名で呼んで、彼はふり向いた。
「アオキはカイシャ名だよ。本名はシイナタカオですから」
「ええ? 何それ」
普通社内では、総務部や管理部門以外は本名を使わずカイシャ用の適当な氏名を振り割れられるのが慣例だった。
「タカオ? いい名前じゃない。カズハルよりいいわよ」
そうかな? と彼はつぶやいている。
「でも社内でその名で呼ぶなよ」
怒った顔をしていたが、部下である自分に本名まで明かしたということが、彼なりの精いっぱいの感謝の気持ちなのだろう。
「了解、リーダー」
ボビーは軽く敬礼してみせた。




