異能者カドワキ・タケハル 02
この後、間もなく彼は『一身上の都合で』会社をやめ、いったん大倉の家を出て母親と上田市外に出たようだ。
しかし戸籍上は大倉に改姓している。タケハル、の読みもケンジに直したらしい。
「テスト結果は本人に非通知、とあるから、ケンジは自分で何か危険を察知したのかもな」
「危険を感じて、会社から逃げた、ってことなの?」
「ああ……」
シヴァが少し目線を外してつぶやく。
「危険を感じて逃げたのに、けっきょくそれから逃げられなかったんだ」
「そうだな」
「自分の未来がみえるヒトなのに、死ぬのはさけられなかったのかな」
サンライズにも、それは答えることができなかった。
シヴァがじゃあ、これもプリントアウトしようか、と手を浮かせたのを彼は遮る。
「いや、これはいい。報告書には載せないから」
どうしてさ、と口を尖らせたシヴァに直接答えず、サンライズはにっこりと笑ってみせた。
「やっぱり、シヴァ君はすごい。天才だな、早速部品も返してやらなくちゃ」
わお、やったー! シヴァが目を輝かせてサンライズの部屋へと飛び出していった隙に、彼はパソコンに出ていたケンジのデータを全て、消去した。
それから少し目線を外し、生前のケンジを思い浮かべようとした。
色んな人達から聞いた、生きていた時の彼を。結局一度も会えずに終わった青年を。
ボビーがシヴァを連れて部屋に入ってきた。
「ねえねえ、この子、もう部品取りに来たけどいいの? 許可したの?」
「したよ」
「なんだ。そうそう、ここ、サナダユキムラのお城もあるのよ、知ってる? 彼……」
「え? もう観光はお終い、また別の時にな」
急にサンライズは立ちあがり、手をはたく。
シゴト終了の合図だ。
「誰か夕飯の買い出しに行く人?」
誰も手を挙げなくて、またじゃんけんになった。
「そしてまた、オレかよ」
ブツブツと愚痴りながら、サンライズは自分の部屋に戻り上着を羽織る。
「ワゴンのワインに、QBBだよな、判った」
外は粉雪になっていた。
駅前の噴水周辺にも、きらめく雪の粒が舞い踊っている。
背広にコートを羽織ったサラリーマン風の男が、手に重そうな白菜を持って彼とすれ違った。急ぎ足で、家路につくところのようだった。ピンクの紙で胴を包んだもの二個を一つに束ねて真ん中に手下げをかけ、まるでトランクのように提げている。
早く家に帰って、鍋食いたいなあ、彼はしばし、通り過ぎる白菜を見送っていた。




