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息子を返して 01

 晶子は、公園についてからもしばしば美世の様子を見守っていた。

 コーヒーを飲ませてやって、と南に手渡されたのをそのまま美世にやったのだが、飲んでしばらくしてから、缶をぽろりと落として、眠ってしまったのだった。


「なんだよ、よっぽど外出で疲れたのかな」

 南が笑いながら缶を拾い上げ、外に捨てにいった。


 美世は、玄関先に唐突に現れた晶子にかなり驚いていたようだったが、ケンジが見つかったらしいのよ、ちょっと内緒で来られる? と伝えると何も聞き返さずに買い物袋だけ玄関に無造作に置いて、後についてきた。


 佐伯の家では、彼女がいなくなって騒ぎになっているだろうか。

 でも再調査の後すぐ帰してくれる、と相手は言ってたらしいし、命の危険まではないだろう。


 それよりも、やっとケンジに会える。

 晶子ははやる気持ちを抑えられず、車のライトが見えるたびにはっと体を起こして外を見た。


 あんなに線の細い子が、成人式からずっとどんなに心細い思いでひとり、過ごしてきたのか。

 思うだに胸が張り裂けそうだった。

 しかも、アイツらに捕まっていた? あんなに行くのを嫌がっていたのに。しかも、事故とは言え相手を一人死なせている。


 今まで酷い目に遭っていなかっただろうか?



 もとはと言えば、あのリサーチの連中が悪いのだ。

 3年前、どうしてあんな調査をしたのか?マスコミも入ってしまった。


 無作為抽出で息子も選ばれたと聞いた時、上田市街に住んでいながら大倉の家には直接連絡がとれない晶子は歯がみした。

 勇気を出して、地区長になったばかりのヤマモトに電話をかけて相談してみた。

 集落内では一番先見の力が強い、と仲間うちで密かに言われている男だった。

 彼ならケンジを守ってくれるだろうか。


「ケンジくんには、もう話をしたが」

 地区長の物言いはきついが、どこか事態を憂慮した響きがあった。

「解っとったよ、あまりやり過ぎんようにとね」

「先見を調査の連中に聞かせたりしないでしょうか? それでなくても心配症なのに」

「ばあさんがしっかり言い聞かせとるに」

 暗に母親である彼女のことを非難している様子がうかがえる。

「あのコももう高3じゃ、自分のことは自分で始末できねばならん」


 それに、今回だけではない。いずれはまた似たようなことも起るだろう。

 今回は嵐が来たと思ってうまくやり過ごすしかなかろう……そう、とつとつと語る地区長の口調が急に、鋭くなった。


「オマエさん、まだあのモータースとつき合っとるのか?」


 さらっと聞いてきたが、そこが一番、痛いところだった。


「息子の心配をするよか、自分の心配をせえよ」

 何か、見えたのか急に親身な言い方になっていた。


「今本当にケンジくんの助けになるのは、母親のアンタだけん」


 その言葉の端々に、彼女を責めているというよりも親が子どもに言い聞かせるような響きを感じ、急に様々な思いが溢れる。


 何か答えると泣きだしてしまいそうだった。

 それ以上は念押しできず彼女はそのまま電話を切った。


 今さらになって、また相反する感情がごちゃ混ぜになってこみ上げてくる。


 私の責任だろうか? 

 南とつき合っている限り、私にも未来はないのだろうか?

 げんにこうして、美世まで巻きこもうとしている。


 でも……ケンジを無事に返してもらうためならば、この娘を差し出すのに何のためらいはないということだけは、確かだった。


 美世に害は与えないだろうか、ヤツらは。

 ほんのわずかだが良心がうずく。


 しかし無理に深くまで考えないように頭を振った。


 ないと信じたい、でなければ、ケンジの無事だって分かったものではない。

 信じよう、祈るんだ。

 どうぞ、彼女も、無事にすみますように。


 自分勝手なおもいだと、重々承知の上だった、それでも晶子は、息でくもるガラスにじっと、自らの祈りを捧げていた。

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