ママはどんな人? 02
「別に」サンライズはつい、そっけない返事。次のネギトロをつつくのに集中しているそぶりをみせる。
「まだお元気?」
「ええ? ハハオヤ? ああ、いるよ」それだけ言うと、後は黙々と寿司を口に運んだ。
「ねえリーダー」
少しだけ、ボビーは声のトーンを落とした。
「前からそうだったが、奥さんやお子さんの話は少しはしてくれるけど、パパやママのことなんかは、全然教えてくれないのね。亡くなったの?」
「ハハオヤは元気だと思うけど、会ってないし」
えっ? 電話もしてないの? ママに。そう問われてついムキになってしまう。
「実の母じゃあない。ホンモノの母親なんてもうどこにいるかも知らねえし」
つい、口調が強くなる、束の間、素を晒してしまったようだ。
元々はすごく弱い人間なのねアナタ、というボビーの同情的な目線が突き刺さり、よけいに目が合わせられない。
「そうだったの……」ボビーは静かにうなずきながらも
「でも本当のママじゃなくても、電話くらいはできるでしょ?」
おせっかいなことをまた聞いて来る。
オレ、ますますイコジな目になってるだろうか、どこかでぼんやり思いながら、少しでも冷静になるべくゆっくりと息を整えてから声に出した。
「別に、電話なんか必要ない。向こうだってそう思ってるさ」
「アナタ、今のママにそんなに嫌われてるの?」
どうして弱りかかった所に更にそんなことを聞いてくるのか。
「アナタも彼女を愛してないの?」
「そういうわけじゃあない」はずみでつい箸を振り上げたせいで、何か緑色のかけらが目線の端に飛んだ。たぶん、ネギトロのネギだ。
それを取るのもつい忘れ、言葉を継ぐ。
「オレが10歳かそこらから高校卒業まで一緒に暮らしてたし、オヤジが死んでからは少しは話しあえるようになった。あの人はずっと優しかった、オレのことも気にかけてくれていたよ。後になってからそれにようやく気づいたんだ、その時にはオレももう高2だったけどね」
電話をしないのは、忙しいし、あっちも忙しいだろうから。
目線を外したままそうつぶやくサンライズに、ボビーの静かな声が語りかける。
「ねえ、サンライズ」
愛は目に見えないし、音にも聴こえてこないから、時々は相手に愛してる、って伝えるのも大切なのよ。
もしお互いに大切な人だ、って思っているのならば、ちゃんと連絡してあげてよ、彼女にも。
「わかったよ」
ようやく彼はそう答えた、なぜかこんな時はボビーには逆らえないような気がする。
ボビーのすらりとしたうでが彼の眼鏡フレームに伸びる。
「あ」
つい、そちらを向いた時にはすでに手をひっこめて、ボビーはつまんだネギの欠片をそっと、こちらに向けてみせた。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
まだ頑なな目をしたままのサンライズに、ボビーはにっこりとほほ笑んだ。




