始まり
ユウトが一番不憫?
大騒ぎをしている村の中を静かに歩いていく少女の姿を誰一人気に留める者はいなかった。その鮮やかで美しい双眸を誰一人見ることはない。
炎に照らされ凛とした横顔は真っ直ぐに前を向いている。
それはまるで五年前の再現をしているように俺には見えた。
「ち。また、俺のランク下がるじゃねぇか。」
紅茶なんて優雅に飲んでいる場合じゃ無かったし。恨みがましく俺は残されたクッキーをつまんでいる女に目を向けた。エルはお姫様を連れて行ったためにここにはもういない。
「なんでテメェがここにいんだよ?」
彼女は長い赤髪を掻き上げるとにこりと微笑んだ。男かと思うほどの屈強な体格で筋肉の塊のような腕には大きな両刃の剣が握られていた。
貫禄があるがコレでも二つ上の十九歳だ。
「だって、頼まれたんだもん。暇だったし、お姫様見たかったし。エルがどうしてもって言うし。」
なにやら赤い顔でもじもじしている。外見はほとんど男だが中身は乙女だ。料理が趣味と言う彼女はエルの婚約者だ。
なんともまぁ。羨ましく無い。しかも強いし。
「あ、それより。」
彼女は思い出したように踵を返すと外から引きずり出すと何かーー例の男だーーを俺の前に投げた。
気を失っている。
「なんか邪魔っぽかったし。出てくると同時に仕留めてみたわ。」
殺されないだけましか。だが不憫な。溜息一つ。俺は男の額を軽く叩くと彼は微かに呻いてゆっくりと両眼を開いた。
「姫様?」
「俺がそう見えたらスゲーな。」
突然目の前が揺れた。鈍い音と共にじわりと額から痛みが広がって行く。簡単に言うとユウトが突然身を起こしたので覗き込んでいた俺の額に当たったという訳だ。
ハッキリ言って痛い。俺はうずくまる。涙が出てくる。しかし、そんなこと気にして居ないかのように彼は俺の胸ぐらを掴んだ。
「お前、姫様を。」
殺気。よくある碧い双眸が爛々と輝く。別にやった事で責められるのは構わないが言い掛かりは不愉快なだけだ。『あ?』と呻きながら当然睨み返す。
一触即発。
そこにテイカがなんの苦も無く割って入った。
「ハイハイ。そこまで。アネルは今回なにもしてないわ。姫様は生きてるわよ?まだ。」
「何処へ?」
彼の殺気はテイカに向けられるが彼女は意識しない。当然だ。実力が違うのだから。彼女は小さく肩を竦めた。
「さぁ?私はエルを助けに来たたけだし。」
表向き嘘ではない。俺達は基本一人で動く。今回が特別なのだ。
ただ、この女は知っているだろうな。と思う。この女の強みはその強さもあるが独自の情報網を持っていることだ。
「知っていても教える義理は無いわ。」
「…分かった。」
彼は硬い表情のまま俺を離すと呟いて立ち上がった。踵を返そうとする背中に向けて彼女はゆっくりと言う。
「行くの?」
解り切った答えを言う事は無い。が彼女は嬉しそうに続ける。何だろう?嫌な予感しかしないが。
「クッキーのレシピを教えてくれれば手伝ってもいいわ。依頼を失敗して組織に戻りずらいアネルが。」
「はぁ?」
盛大に非難の声をあげるが無視。ですよね。
「もっとも、この子を連れて歩きたくないなら別だけどね。」
彼女は最後の一枚を口に含んだ。