威嚇
再びアネル視点に戻ります。
勢い良く開いた扉は残念な事に壁からあっさり取れた。
何とも切なそうな少女をよそに俺は転がり込んできた、見覚えのある男に目を向けた。
赤い髪。双眸こそ緑だが俺達の一族の色を持った男は上半身を起こして苦々しく笑って俺に目を向けた。
「や。アネル。」
この男の名はエル。八番目のエルだ。大きな身体からどことなく年上の雰囲気を醸し出してくれるが同じ歳でよく知っている。いわゆる幼馴染だ。
だか、この男とて同じ仕事をしている。彼がここにいると言うことは。当然いいことではないだろう。
俺は半眼でエルを見つめると『アハッ』と笑う。ごつい男にされても可愛くねぇよ。なんか、こんなのが俺より強いのがムカツク。
因みに名前の前に付く番数は強さを表している。
「エル。おまえがここにいるってことは、まさか、長老は俺じゃ役不足って?」
「んーーそんなことより、あそこでやる気マンマンのオニーさん、何とかしてくれない?俺はアネルと違って殺しに来たわけじゃないし。」
姫様は何か落ち込んだように『扉が……』と、ブツブツ言っていたが溜息一つ。扉の外にいたユウトを睨んだ。彼は少女に睨まれて一度肩を震わす。
主とは言え女にどうしてそこまで怯えるのか俺には理解できない。
「扉……なぜそこに?ユウト。私はオバさんの所にと言ったはずよ?」
「うぐ……だって。……姫様は。現にこいつだって。俺が居た方が……。」
ボソボソ。泳いでいる目。俺に見せた強気はどこにも無い。なにこれ?気持ち悪い。それはエルも思ったらしく『うわぁ』と若干引いている。殴られたらしい頬を擦りながら。
「……もういい。新しいお客様にお茶淹れてあげて。」
「しかし。」
「ああ。いいです。ありがたいけど。急いでるし。」
エルは埃を叩きながら立つと俺の前にあったクッキーを一枚口に含む。『うま。』と小さく呟いた。
「あら?扉は直してくれないの?」
不思議そうな顔だがそんな顔をしたいのはこちらだ。他に聞く事が或だろう。どれだけ壊れた扉が気にしていたんだろうか?
「姫様。今はそんなこと。後で、私が直しますから。」
「そうなの?」
『ならいいけど』と付加え、少女はエルを見だ。人の事は言えないがなんとも派手な両眼。美少女なので更にそれが浮き立つ。
「で。なんのご用事?殺し屋さんじゃ無いとしたら。ーーそうねぇ?誘拐屋さん、かしら?」
そんな『八百屋さん』見たいな口調で……。しかもエルが愉しそうに『正解』と言うと、手を叩いて喜んでいる。
緊張感無し。なんだこれ。隣でユウトも頭を押さえている。なんか、すげぇ苦労してそうだ。色んな意味で。
「ちょ、待って。何それ?俺の依頼って無効か?」
「いいや。活きてる。でも。俺の方が割がいいし。長老もそっちが良いなぁ。って言ってたし。ね?」
紳士風に、手を差し伸べてみる。似合わない。心底。
少女は少し迷って俺を見た。そう言えば殺して欲しいと言われたんだっけ?と、言われてもなぁ。さすがに今は無理。ユウトはともかくエルを相手にするのはちょっとキツイ。
て言うかあの老害。金に目を眩ませやがって。
「……依頼主はーーヴィンセントですか?」
ヴィンセント。どこにでもある名前だ。けど、この場合一人だろう。
隣国アルドル共和国の実質的支配者ケイン=ハワードの息子。最近領土拡大しつつ在る国。この国も狙っているのだろう。この姫様を使って。
「さぁ?どうだろ?とにかく来てもらう。」
ユウトが少女との間に割って入った。殺気は先程までと別人のようだ。
「嫌だ、と言えば?」
昔からエルは根回しが得意だ。交渉の前には調べ尽くして相手をがんじがらめにする。嫌な奴だ。反吐がでるくらい。
「この村。吹っ飛んじゃうね。」
ニコリと笑って、パチンと軽く指を弾く。
と、どこかで爆発音と悲鳴が聞こえた。