願い
レイス視点で。
あれからどの位の日が経っただろう?あの別荘で私は数日を過ごしーー幸運にも護衛が居たので何事もなかったーー今は国境の町クルセドに宿を取っている。小さく何もない質素な町。物珍しい馬に滅多にお目にかかることの無い馬車は酷く目立った。
私は宿から出ることは許されない。籠の鳥の様に窓から外を見ることしか出来なかった。
綺麗な刺繍が施された絹の衣服や、豪華な装飾品などは要らない。ただーーいや。と考えるのは止めよう。きっとそれは、意味の無いことだから。
軽い音がして扉が開いた。
「レイス。いい?」
入って来たのは大柄な女性だった。。赤い筈の髪は金のカツラで隠しているテイカと呼ばれている女性は夕食を持ってきたらしく、銀の盆を近くの机に置いた。
パンとスープ。少しの干し肉だ。質素な食事だがこっちの方がしっくりする。幼い頃からこんなものだ。
「ごめんなさい。もう少し良いものを、と思ったのだけど。」
申し無さそうに言った。実は『特使一団』はもっと良いものを食べている。それは私が別荘にいた時からなので彼らは負い目を感じているのかも知れない。一度それを奪おうとした彼らを止めたのは私なのでそんなこと感じる必要は無いと思うのだけど。
「大丈夫だわ。テイカの料理はユウトはと同じ位美味しいもの。」
本当だ。多分、このスープも凄く美味しいだろう。私は椅子に座るといつもの様に『一緒に食べよう』と言った。彼女も抵抗は示さない。初めのうちは困ったような顔をしていたが今では食事も二人分用意されている。
エルもーーついでに怖そうなアルもーー誘っているのだが未だ拒否だ。寂しい。食事は皆で食べた方が美味しいのにと思うのだが。
彼女は私の言葉に柔らかな笑を浮かべた。可愛らしい笑顔だ。本当にこの人は外見と中身がマッチしない。
「姫様は本当にユウトが好きなのですねぇ?」
「ええ。私の自慢なの。なんでもできるし。優しいのよ?ああ見えて。」
口数が少ないのでよく誤解を受けるけれど。と熱っぽく言うと、彼女はさらに笑う。だがすぐにその笑いを消すと私を真っ直ぐに見た。
「良いのですか?多分、明後日にはーー自身がどうなろうがアネルは約束を果たしますよ?」
その声は暗にユウトにはもう逢えない事を言っているように思えたがもう決めたことだ。それにもう変更などしたく無い。出来ない。
全てはーー。
私が小さく返答をすると彼女は溜息一つ。
「貴方が出した依頼内容にこうありました。手柄は全てユウトにと。貴方を守って来た彼がはたして受け入れるでしょうか?」
多分、無理だろうがそれでも彼には数え切れない程の恩がある。それは、返しきれない事でこんな自分に出来るのはそれだけだから。
「私にはそれだけしか出来ないから。」
「そうでしょうか?」
テイカはパンをむしると口に含んだ。そうして何かに気づいたように扉を見つめるとそれはゆっくりと開いた。
「エル。」
被っていた金髪のカツラを取りながら少年がズカズカと入ってくる。その下には見慣れた赤い髪があった。
彼はテイカのパンを奪い口に含む。
「どうしたの?」
これはテイカ。彼は何かを考えている様子だったからだ。彼はパンを飲み込むと彼女に目を向けた。心底嫌そうに。嫌いなのだろうか?ーーいや。そんな筈は無い。彼等は結婚するのだと聞いたから。羨ましいと言うか微笑ましい。そんな考えをよそに彼はぶっきらぼうに口を開いた。
「六番目だ。奴があっちに付いたらしい。」
どうやらその『六番目』が嫌いらしい。
「あら?あの家族思い?帰って来てたの?」
「変態だ。とにかく、奴が連絡してきた。逃げるなら今だと。」
『変態』とはなんだろう?と私は思う。そんな事は関係なくテイカは少し考えるように天井を仰いだ。
「……なら。明後日ぐらいね。睨んだ通り。早く出ないと町を壊されるわ。」
「壊すの?エルより酷い?」
そう言えば村人には悪いことをした。無くなった者も居たというのに。どうあっても購い切れないだう。あの村を出る時に見た傷を負った子供、大丈夫だろうか?私の心臓が痙攣したように震えるのを感じた。
少し泣きたい気分をぐっと堪える。
「俺より?」
彼は心外と言わんばかりに片眉を跳ね上げた。そして小さく息を吐き出した。
「あいつの特技は壊滅。ーー奴が通った後は瓦礫しか残らないって噂だ。町でもな。」
まるで死神の様だと思ったが横でテイカが困ったように笑う。
「そんなことは無いのよ?今回ほ依頼でも無いし、特にね。あの子はエルが嫌いな人間の一人だから。」
へぇ。口で相槌を打ちながら私は考えていた。もうすぐこの命は終わるのだと。それは、どことなく空虚な気がした。




