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第6話 売り込み

「軍中占い師、ですの?」


「ご存じ、ありませんか?」


「いえ、ワタクシも武門の出。存じてはおりますが……」


 言葉に出さずとも、何故とその目が語っている。

 急に何を言い出したのだろうかと、そう思っているのがヒシヒシと伝わってくる。


 それに怯まず、俺は改めて主張した。


「今、危機が迫っていることを予見したんです」


「危機、ですのね」


 言葉を聞いた途端、クローデットさんの目が優しくなった。

 ただ、その優しさは、幼子を見る類のもので。


 恐らくは、偵騎を見たと聞いた俺が、怯えておかしなことを口走り始めたと思っている目だった。


「仰る通り、異教徒の軍勢に狙われる場合もあるでしょう」


「はい」


「その中であなたが、ワタクシ達のために何か成そうとしてくれていること、伝わってきましたわ」


「……はい」


「ですが、軍中占い師は士気を高めるだけの見せかけの役職。申し訳ありませんが、士気を高めるも何も、既にそのような状況では──」


「──侵攻してくる敵は、騎馬を主体とした機動力に優れた部隊です」


「……え?」


 だから、無礼なのを承知で、クローデットさんの言葉を遮った。


 多分、このままでは話を聞いてもらえないどころか、俺がはしゃいで危険を犯さないように、監禁されかねないと思えたから。


 もし、監禁されるならそれも仕方ない。

 けど、その前に伝えたいと思った。


 おおよそで出した敵軍の概算と、その対策についてを。

 きっと、クローデットさんなら役立ててくれると思えたから。


「この村は前線から比較的に離れた場所にあります。もし、異教徒がそういった後方の村々を襲っているのならば、何よりも足の早さを一義に置いてるはず。きっと一撃離脱、焼き討ちを目的とした部隊になるでしょう」


「ジルベールさん、あなた、何を……」


 クローデットさんの目の色が変わった。

 優しい、ともすれば侮っていた瞳は、蒼い理知を湛えたものへと変わる。


「また、冬季が近づいています。冬がやってくれば、軍は戦いどころではなくなる。長く対陣することは、絶対に不可能です」


「……相手の規模、予測できまして?」


 俺の言葉を、無下にしていない。

 いや、それどころか、ちゃんと試そうとしてくれている。


 俺が妄言を口走っているのか、それとも根拠があって話しているのかを。

 聞く価値があるかもしれないと、本気になって。


 ──初めて、クローデットさんが俺のことを睨んだ。俺が本気でモノを言っているのか、それを確かめるために。


 怜悧な青の瞳は、まるで俺を糾す聖槍のような鋭さを持っている。


 ……軽く、息を入れる。


 得意げにならないように、人の命を預かることであると、ばぁやが昔に言ってた言葉を胸に刻んで。


「異教徒側が大規模な軍を起こすと、イスペリア王国軍と全面衝突に発展します。なので、敵が運用できるのはおよそ300くらいの部隊でしょう」


「兵科は?」


「敵領を荒らすのに、鈍さは罪。ですので、軽騎兵の集団。内10程は魔術師、効率よく火をつけて回るために、そのくらいは必要でしょうから」


 そこまで話すと、クローデットさんは怒らせていた眉を下げて。



「……なるほど、納得できる話ですわ」



 ゆっくりと息を吐いた。

 睨んでいた目尻が下がり、刃物みたいに感じていた表情から険が抜ける。


「ネイ家の血筋、なのでしょうね」


 そうして、ボソリと呟かれた一言は、俺のことを認めてくれている類のもの。

 ネイ家の血、軍人としての素養があると。


「…………はぁ」


「……何か、良くないことを言いましたか?」


 褒められてすぐ、重いため息が聞こえてドキッとした。何か、どこかで見当違いなことを言ってしまったのだろうか、と。


 だが、その懸念をクローデットさんは首を振って否定する。

 すごく、困った顔をしながらではあるが。


「いいえ、違います。納得したのです、誠に卓見とも思いました」


「では、どうして?」


 どうしてを重ねると、クローデットさんは身を乗り出して叫んだ。


「……っ、正しいと思った上に、優秀だと思えてしまったことが問題なのですわ!!」


「というと?」


 説明を求めると、ジトりとした目を向けられた。

 "この人は!"という気持ちが伝わってくる。


「〜っ、護りたい人に頼らざるを得ないのが、口惜しくて仕方ないからですわ!」


 言われて思い出す。

 俺の身を案じてくれていた、クローデットさんの思い遣りを。



『……いざとなれば、命に代えてでもお守りいたしますわ』



 空元気で、それでいて決意を込めた目で。

 俺のことを案じてくれていたのを、しっかりと思い出す。


 前世の価値観的に、守ると言った女の子を頼ってしまうことになった、金髪イケメン男子という構図が近いかもしれない。


 ……男子の意地ならぬ女子の意地的に、微妙な気持ちになったのだろう。


 俺としては、役立てる方がよっぽど嬉しいが。


「それもこれも、他のアホアホが騎士の真似事ばかりして、脳筋すぎるのがいけないのですわ!!」


 しかし、感慨に浸る暇もなかった。

 クローデットさんは、油を注いでないのに勝手にヒートアップしていたから。


「令嬢方、鍛錬してて偉いなって思ってましたけど」


 そんなになのか、そう思って油を挿す感覚で突いてみると、クローデットさんはクワッと目を剥いて語り始めた。


 ……いつでも可愛い人だと言ってあげたいけど、流石に今の姿は怖さしかない。


「武門が何たるかを、あのお馬鹿さん達は何も理解していないのです!」


「そうなんですか?」


「そうなのですっ。武門の次期当主候補であるのに、剣や槍のことしか興味がないのですわ!」


「あー」


「軍略とは即ち、騎士たる己が邁進し、敵軍に突撃して中央突破を図ることだとばかり思っていて!!」


「英雄譚だと、大体そうですもんね」


「武門はそんなのばかりですが、逆に法服貴族(官僚として功を上げ、叙された貴族)の方は、悲観的になりすぎて、みんな死んだ目をして天の国について語り合ってばかりですの!!」


「うわぁ……」


 鬱憤が溜まっていたのだろう。

 憤慨しながら、身内の貴族がどれだけポンコツなのかを吐き出していく。


 多分、敵が来るかもしれない中で頼れる人が居らず、責任を重く感じていたが故のブチギレだった。


 一息に言い切ったクローデットさんは、糸が切れたみたいに椅子にへたり込み、そのまま突っ伏した。


「うぅ、どいつもこいつもなのですわ。誰か一人でもマシなのがいれば、ジルベールさんに心労を掛けることも無かったでしょうに……っ」


 うー、と呻いている姿は、何処をどう見ても弱っていた。


 こんなクローデットさん、初めて見る。

 さっきの怒り顔も含めて、今日は知らない面を見せてくれていた。


 ……親しくなれた感じがして、結構嬉しいな、これ。


「でも、嬉しいですよ」


 だから、慰めも含めて、本音をそのまま伝えた。


「何が、ですの?」


「──同じ荷物を背負えることが」


 言葉にできて、胸がスッキリした。

 これまでずっと、クローデットさんが助けてくれる側だったから、


 きっと、身の上話をした時、俺が情けなく泣き出してしまった。あれで、クローデットさんにとっての俺という人間は、対等ではなく庇護対象となったんだと思う。


 だから、俺に頼るという一事だけで、こんなにも申し訳なさそうにしている。

 護ってあげないといけないのに、と。


 正直、申し訳なかった。

 俺はここで唯一の男性だし、扱いにくさは随一だっただろう。


 ……けど、今からは違う。


 ようやく、対等というスタートラインに立てた。

 助けられるだけでなく、助け合える関係になれたんだ。



「一人じゃなく二人で、今度は俺があなたを支える番です!」



 晴れやかな気持ちでそう告げると、クローデットさんはのっそりと身を起こした。


 どうしてか、またジト目をしていた。

 それでいて、顔が真っ赤で。


「……一つ、言っておきますわ」


「は、はい」


 妙な空気感を醸し出す彼女に、変に緊張しながら頷くとボソッと一言。



「男性から、それも弱っている時にそのようなことを言われると、その──ドキドキしてしまいますから、ご容赦くださいませですわ!!」


「え?」



 言い終えるや否や、再び突っ伏して今度は動かなくなった。ただ、耳まで真っ赤になっているのは隠せてなくて。


 ……正直、すごく可愛いって思ってしまったのだった。

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