↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/28

第18話 交渉

 バルゴ地方領主、イメルダ・バルゴを前にして、イスペリア宰相オクタヴィア・カルロスは何事もなかったかの様にわざとらしい笑みを形作った。


「これはこれは、幾度もイスペリア領土奪回を阻み、王国を亡国にするため、日夜奮励していたイメルダ殿にそう仰って頂けるとは、光栄の極みですな」


 そうして、澱みなく悪意100%の形容を繰り出すところから、交渉は始まった。


 聞いた瞬間、イメルダ氏の目に赫怒が宿ったが、それすらも気にした風もなく泰然としている……様に見える立ち居振る舞い。


 宰相は、もう完全に開き直っていた。

 悪名が轟いているのならば、それすらも利用せんとする勢いで。


 もう逃げも隠れもできないのだから、今ある手札で勝負しようと腹を括ったのだろう。


 今の彼女は、視座高くから全てを見下ろす、悪の宰相としての皮を被った様であった。


「不逞の輩に襲われたのだから、身を守ったまでのこと。謗られる謂れはない!」


 一方で煽られた側も、言葉を飲み込まず、反撃がてらに舌鋒鋭く応戦を始めた。


 大人しく滅ぼされていれば良かったのに、宰相の言葉を要約するとこうなる。


 それに対して、襲われたから守っただけ、正当防衛であるとイメルダ氏は論じた。


 一理どころか、百理くらいありそうな言だ。

 大人しく死ねと言われて、従う奴なんてそうそう居ない。


 ……けど、だからと言って俺たちは、じゃあ仕方ないねと鷹揚に頷くことはできないのであるが。


 宰相は立場が、俺たちは評判が掛かっているのだから。


「そう、そこが論点なのだ、イメルダ殿」


 そして宰相は、険悪すぎる出だしの中でも、何か取っ掛かりを見つけたらしい。


 交渉の余地なく罵声合戦になりそうな空気の中で、臆面もなく論点とやらを口にし始めた。


「貴族が領土を治める論拠となり得るのは、神権を代行する陛下からの貸与があってのものだ」


 それは理屈であった、実質的な問題を傍には置いているが。少なくとも、現在の聖教圏では罷り通る理屈である。


「であるのに、今の貴殿はその論拠を欠いている。貴殿の母上は、陛下から与えられた土地を私した。正当な権利者である陛下の名代として、我々はその過ちを糺しに来たに過ぎないのだ」


 何かごちゃごちゃと宰相は言っているが、要約すると一言で済む。


 ──裏切り者が、偉そうな口を叩くな。

 端的にまとめると、そういうことになる。


 この言い分も、確かに理解できる。

 裏切りとは、いつの時代でも殊更に忌まれる行為だし。


 道義的には、間違いなく優位に立てる言葉であった。


 但し、その正論が働くのは、王族と国が義務を果たしている限りにおいてはであるが。


 故に、イメルダ氏の反駁は辛辣を極めた。


「オクタヴィア殿、あなたの言にも理があるのは認めよう。だが、正しいからといって国を、民を救えるわけではない。現実がそうである様に、な」


 ──滅びかけの身の上で、よくもご立派なことを言える。民を守護する義務を果たせないくせに、偉ぶるな。


 つまりは、イメルダ氏の言い分はそうであった。


 しかも、本人は煽っているつもりもなく、単に事実を口にしたに過ぎないと思っているのだろう。先程と違い、淡々とした語調は諭す様ですらある。


 恐らくは、裏切り者と呼ばれている貴族達が、等しく抱いている思いなのだろう。


 イスペリア王国の過半は敵の手に落ちている、紛れもない事実であった。廷臣からしてみれば、耳が痛くて仕方のない言葉だ。


 思わず宰相を見遣った、先程の言葉は国王の力量が足りていないことも含めた非難であったから。


 自身と共に、先王やベラも侮辱されたに等しい。

 彼女が王家を大切に思っていることは、少し共に過ごしただけでも伝わってくる。


 忠臣かどうかはともかく、王家を敬愛しているのは間違いない。


 故に、イメルダ氏の発言が許せずに激発するかもしれないと思った。宰相がキレた瞬間、交渉はここで終わる。


 だから、どうなるのかと注視して……。


「──つまりは、民を守護する為に仕方なくそうした、と? そう言われては耳が痛い。確かに、我々貴族は役目を果たせず北へと退くことしかできなかった」


 表情を変えずに、そう返答してみせた。

 我々を主語にして、それ以上には塁を及ばせない言い方をしながら。


 会談を継続する意思があると、示してみせたのだ。

 それに、イメルダ氏も軽く目を見開かせて。


「……成程、失礼した。見せかけの演技ではなく、貴殿はこの交渉に本気であるようだな」


「理解を示していただけて幸いだ、バルゴ家の当主よ」


 ここで初めて、相手に話を聞いてもらえる空気を作り出すことに成功したのであった。


 ……ベラに死ぬほど甘いけど、流石は腐っても宰相なだけはある。厄介ごとしか持ってこないけど、最善を尽くす努力はしている。


 その懸命さを見て、この人のことを少し見直したのだった。






「まず前提を話し合おう、体裁を整える必要もない。オクタヴィア殿は何が望みなのだ?」


 そうして、本格的に始まった交渉は、イメルダ氏のド直球すぎる問い掛けから始まった。


 外交的な礼法で飾り立てないそれは、ある意味でイメルダ氏の若さだったかもしれない。

 無意味な作法に、さして価値を見出さなかったのだ。


「無論、バルゴ地方の、貴殿らの王国への帰順。それ以外の目的など無い」


 対して、宰相もそれに目くじらを立てることなく、その流儀に従うことにしたらしい。言葉遊びをしに来たのではない、それを如実に示す返答であった。


「……それは分かるが、それが出来ぬ理由もわかるだろう。王国は滅びかけている、沈む船に乗り込むのは勇気ではなく愚かでしかない」


 それは、先程も口にした正論。王国の灯火が消え掛かっているからこそ、自分たちは見限らざるを得なかったのだと。


 これが一つ目の焦点で、裏切りを正当化する理屈である。まず、その点を退かないと、話はこれ以上先には進めない。


 ならば、そうでないと否定するには、一体どうすれば良いのか?


「イスペリアが滅びることはない、むしろ時が満ちたとさえ言える時勢だ」


「その根拠は何だ?」


「──奴らの占領統治に限界が来ている。開戦から10年の月日が、我らに味方した」


 それは、イスペリアの勝ち目を示すこと。

 甘い推定だとしても、そこには可能性が生じる。


 実際にどうなのかは、この際問題ではない。

 イメルダ氏ただ一人にそうだと思わせる、それこそがここで必要な事柄なのだ。


「憶測、いや、貴殿の願望ではないのか?」


「もしそうであったのなら、イスペリアは既に崩壊していたであろうよ」


「……勿体振らず、端的に話してもらおうか」


 思わせぶりな宰相に、イメルダ氏は困惑と苛立ちを滲ませ始めている。

 分かりやすく話せと、露骨に要求して。


 それに宰相は乞われるのを待っていたと言わんばかりに、朗々とクルアン教徒達の見てとれる限界について話し始めたのであった。


 ……因みにではあるが、分析自体は俺が資料を照合して行なったものである。


 宰相は軍事が得意でなく、最初目をグルグルさせていた事はしっかりみんな覚えているので、あまり得意げにならないで欲しい。




「まず一つ目に、奴らの大規模な侵攻が無いという点。山と河川が行く手を阻んでいるとはいえ、奴らに増援でもあれば突破が可能であろう」


「逆説的に、そうしないのはこの10年間、増援が送られてきていないから、と?」


 然りと頷く宰相は、畳み掛ける様に勝てる理由を積み重ねていく。


「二つ目に、敵兵の弱体化が挙げられる。奴らの主力であった本国軍は兵員の入れ替えにより、その多くが南方大陸の征服地より連れてきた兵員に置き換えられた」


「……密偵による報告か?」


「それもあるが、実際に小競り合いで見る兵士の多くがそうで、捕虜を尋問したら簡単に口を割った」


 事実である、宰相が持ち出してきた軍事機密を読み込んだ結果、分かったことだ。


 遊牧民を中心とした騎兵を中心に、現在のクルアン教徒の軍勢はその殆どが南方大陸民で構成されている。望郷に駆られた自軍の兵士の殆どを、国へ帰したのだろう。


 代わりの兵員は、全て征服地の民で代用する様に、と指示も出たのであろう。確実に、開戦初期よりもクルアン教徒達は弱体化していた。


「……確かに、少しは見込みが出てきたのかもしれない」


 そこまでの情報を聞いて、イメルダ氏も考え込んで。

 少し思考した後に、"だが"と呟いた。


「だが、敵が弱くなったとはいえ、イスペリア軍が強くなったわけではない。それを勘案してのことであろうか?」


 そう、その指摘は的を射ていた。

 イスペリア軍自体は、何度も敗走を続けていた頃のままである。


 事実、バール市は幾度もイスペリア王国軍を撃退している。実際に戦い、正確にその実力を測れていると言っても過言ではない。


 見積もりが甘いのではないか、その指摘は間違いのないものであった。


 ただ、正論を叩きつけられた筈の宰相は、微動だにしていなくて。


「……最後に、一番大きなことを伝える」


 むしろ笑みさえ浮かべて、宰相はこの場で初めて、沈黙の絹を纏っていたクローデットさんへと視線を向けた。


 それに応える様に、クローデットさんは前へと出て、軽くスカートの裾を持ち上げて挨拶をした。


「お初にお目に掛かりますわ、イメルダ・バルゴ閣下。ワタクシはクローデット・ジラール、ガリティアの騎士ですわ」


 優美で品に溢れた物腰に、その場の誰もが見惚れずにはいられなかった。本気を出したクローデットさんは、多分世界で一番の清楚だと思う。


「あ、ああ、これは丁寧に。して、貴殿がなんだと言うのだ?」


 その清楚さに一瞬呑まれかけたイメルダ氏であったが、残念なことにそれでお清楚ですわ洗脳をされてくれはしなかったらしい。


 直ちに理性に働きかけて、ごく真っ当な質問を投げかけた。それに、クローデットさんは、僅かな微笑みを湛えるだけで。


「──彼女こそが、我が軍の切り札だ」


 代わりに、宰相が言い放った一言に、イメルダ氏は果てしない困惑に襲われた様であった。


「外国人の騎士一人で、一体何ができると言うのだ。寝言を言っているのか?」


「一人ではない、騎士団だ。おおよそ150名のな」


 その言に、今度は呆れが露骨に浮かんだ。


 1が150になったからといえ、全体の戦局に寄与するのは微々たるものでしかない。どこを取っても、冗談にしか聞こえない内容なのだから、それも仕方ないといえよう。


「……オクタヴィア殿、貴殿はクローデット殿を信頼している様だが、幾ら彼女が優れていてもどうしようもない彼我の差が存在しているのだ」


 その声は諭す様でもあり……失望をこれでもかと示していた。


 勝算があるのかと聞けば、"隣にいるこいつは呂布だ、行けるいける"なんて答えが返って来たも同然なのだから仕方がない。


 交渉しようと言う気持ちが、切れている様にも感じた。

 そんなイメルダ氏の様子を見て、宰相は一言。


「証明が、必要か?」


「何を──」


 イメルダ氏が言い終える前に、クローデットさんはゆっくりと彼女の方へと歩み出した。

 その様子に、イメルダ氏の家宰と護衛の兵達はいきり立って。


「動かないでくださいませ、しからざれば血を見ることになるでしょう!」


 鋭い家宰の声に、クローデットさんは気にした風もなく近付いて。


「っ おのれ、死間のつもりで最初から来ていたのか!?」


 イメルダ氏が吐き捨てて、護衛達が剣を抜いた。

 一方の俺たちは、部屋に入る前に武器を取り上げられており素手である。


「──違いますわ」


 そのまま、切り掛かって来た兵士の剣を片手で掴み──そのままポキリと折ってしまった。


 あまりの力技に絶句するイメルダ氏達に、宰相は一言。


「これと似た様な人間が、150人と言うことだ」


 宰相の一言で身動きが取れなくなったイメルダ氏達に、クローデットさんは丁重に頭を下げた。


「乱暴な真似をして、誠に申し訳ありませんわ。ですが、ワタクシ達の力を閣下に証明するためには、戦場でまみえねばならなかったでしょう」


 それは、紛れもない脅迫であった。

 自らの腕力を示して見せて、どうなるか想像力を働かせてみてくださいという類の。


「ですが、そうなる前に、宰相閣下が機会を下さったのです。ワタクシ達の丸太がバールの城壁を破城する前に、話し合えば解決できるのかも、と」


 それを恩着せがましく、話に来ただけなんです、などと言ってみせている。やり方がヤクザのそれであるが、効果は抜群であった。


 武器を持っている自分たちが生殺与奪を握っていた筈なのに、クローデットさん一人でこの場の全員を殴殺出来ることを証明してしまったから。


 先程まであった余裕が消し飛び、異様な緊張感が辺りを包んだ。命が掛かった交渉ごとなのだと、ここで気が付いたのである。


「……ここで我らを殺せば、市井は失望と怒りを覚えるだろう。それがいつか、貴様らに怨念として降り注ぐことになるぞ」


「だから、言っている。最初から、そのつもりなどないとな」


 宰相の言葉に従い、クローデットさんはそのまま後ろの方へと後退した。だからと言って、イメルダ氏達が警戒を解くことはないが。


「……何のつもりだ、オクタヴィア・カルロス」


「自身で言っていたではないか、ここで貴殿らを殺せばいずれ身に災禍が降り注ぐと。それは望んでいない」


「ならば、尚更意味が分からない。クローデット殿の力を見せるにしても、もっとやり方があった筈だ、違うか?」


 正論である、常時ならば。

 ただ、普通に道理を説いても開門などするはずがないと最初から分かっていた。


 そんなに物分かりが良いのならば、代替わりをした途端に帰順して然るべきなのだから。


 それに、今までバール市は城壁を突破されず、その堅牢さはイスペリア全土に轟いている。籠っていれば負けないと、経験がそう信じさせている。


 ならば、その観念を打ち砕き、もしやと思わせる必要がある。


「春先、軍部は兵を起こすつもりだ。クローデット殿が率いる騎士団を先鋒としてな」


 そのもしやが、いま生まれた。

 イメルダ氏も含め、家宰達も全員が息を呑んだ。


 不敗を誇ってきた城壁が破壊されるかもしれない、と。


「前門のクローデット殿と、後門の異教徒共。好きな方と戦う権利が、貴殿らにはある。……選べるかな?」


 追撃する様な宰相の言葉に、イメルダ氏は即答をしかねて。

 沈黙が、辺りを包んだのであった。


 悪逆宰相、オクタヴィア・カルロスの面目躍如といっても良い独壇場であった。


 これで良いのだろう、と言わんばかりのドヤ顔を一瞬俺に向けて来たのが、何とも味わい深い。


 そこまでやれなんて、一言も言ってないんだけどなぁ……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。