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第13話 鳩首

 会談から一夜明けて、俺たちは未だにイスペリアの花の都(仮)であるバローラへと留まっていた。


 それは勿論、パトロン探しのため……なんだけれど。支援者を募る前に、令嬢たちを交えて議論が行われていたのだ。


 ──自分たちの名称を何にするかという、とても大事な議論を。


 名前は、売り込みを行う上で重要なものだ。

 例えば、車ならトヨタ、ゲームなら任天堂みたいな。


 コツコツと実績を積み上げていく必要はあるけど、いずれはその名前だけで特有のイメージを抱かれるようになる力がある。


 それから、現状名前だけ売れてる俺達に付加価値を付与するためにも、是非決めておくべきもの。


 ガリティア騎士団とかジラール伯一党とかじゃない、統一された呼び方が必要なのだ。


 言い方は生臭いけど、ブランド力を養おうとするための提案であった。イスペリアの人々に勇気を与え、力を貸してもらえるような名前が。


 ……格好良いと思ったんだけどな、"大いなる魔力を携えた万里を踏破する力を持ち全世界を守護出来る無敵のガリティア人騎士団"って名前。


 却下された最強の名前に想いを馳せつつ、イスペリアに宿として提供された大きな聖堂内で、令嬢達が議論を交わしていた。


 ……正確には、提案してはクローデットさんに却下されていく流れが、延々と広がっているんだけど。




「はいはーい、こういうのは分かりやすいのに限るよね。フランシスカ(手投げ斧の名前)とかでどうかな、この前の一斉投擲の時うおーってなったし!」


「却下ですわ、蛮族丸出しではありませんの!」


「あー、歴史ある私達の武器をそんな言い方するなんて、クロエって割と非国民だよね?」


「お黙りなさい、愛国者の皮を被った脳筋!」


「では、聖堂騎士団なんて如何かしら? 教会の看板、それ即ち正義であり官軍である。そう考えるのなら、良いのではなくって?」


「発想が大公と同レベルでしてよ、却下ですわ!」


「……よくよく考えたら、あなた破門者でしたわね? 身綺麗な私と違って、可哀想なクローデットさん」


「お黙りなさい、同情するフリをしたマウンティング野郎!」


「……いっそのこと、目的を名前にしちゃう? 大公去勢騎士団とか、大公吊し上げ騎士団とか」


「確かに、いずれはそうしてやりたい気持ちはありますが、あまりにもあんまりすぎる名前ですわ。却下ですの!」



 あまりに勢いよく却下されていく流れから、必然的にというか……段々と提案よりも、なんでも反対するクローデットさんへの野次の方が多くなっていった。



「なんでも反対女ー、全部反対したら良いってもんじゃないんだぞー!」


「名前決めに協力してあげているのに、その態度はなんですかーっ!」


「対案を出せ、対案をー!!」



 ……国会中継かな?


 でも、これだけ決まらないというのなら、俺にもチャンスがあるかもしれない。


 みんなが野次る中で提案をしたら、なんか流れでこれでいっかってなるかもしれないし。



「クローデットさん、"最強すぎるみんなが力を合わせたら、世界どころか宇宙だって救えてしまう騎士団"とかどうかな?」



 昨日のは小難しい名前すぎた、そう思って改訂した名前を挙げてみると、あれだけヤジが飛び交っていた辺りは静かになって。


 そして、クローデットさんが俺の方を見た。口元をモニョモニョさせながら、何かを言おうとしては飲み込んでいるような表情をして。


 そして、渋い顔のまま開いた口から出た言葉は……。



「ジルベールさん、あなたにこんなことを言ってしまうこと、本当に申し訳ないのですが──クッッソダサいのですわ!」



 あまりにも無慈悲すぎる、俺のネーミングセンスが終わっているという通告であった。


「そんな……ウソ、ですよね?」


 縋るように問いかけても、クローデットさんは目を逸らすだけ。思わず周囲を見回しても、他の令嬢方も"ダセェのです"とか"ジルベールさん、おいたわしや……"と頭のおかしいような扱いをされている。


 俺のネーミングセンス、そんなレベルなの!?


「は、ははっ、ちょっと風に当たってきます……」


「……人間、誰にしも弱点は存在するものですわ。ジルベールさん、夕飯までには帰ってきてくださいまし」


 ショックのあまり、その場を後にする。そんな俺の背中に呼びかけるクローデットさんは、まるで思春期の子供を持った母親みたいな物言いをしていた。


 ……反抗期なんて迎える気、ないけどね。




 バローラの街中をフラフラと歩く。昨日の熱狂の名残が残っているのか、道行く人からチラホラと俺達の噂話が聞こえてきた。



「今度こそ、異教徒達を追い出せるんだよね。無敵の騎士団が味方になってくれたんだし!」


「でも、150人しかいないんだよね? 異教徒達、数多いし追い出せるのかな……」


「そこはほら、あたしらも協力すればいいじゃん!」


「ここまで、ボコボコに負け続けてきたのに?」


「それは……うーん」



 聞こえてきたのは、そんな内容。


 俺達が味方になったこと、それ自体は凄く喜んでくれている。でも、自分たちのこと自身、イスペリアの強さというもの自体には、一切の自信を失っているようだった。


「負け続けてたって聞いたけど、そっか」


 成程と理解する。

 何で昨日、あんなに歓迎されたのかということを。


「エレーヌさんが言ってた意味、やっと分かったや」


 希望を失っている、今のイスペリアについてエレーヌさんはそう評していた。そして、ガリティアからの亡命者が、最後の灯火になり得るということも。


 いつ滅びるかもしれない国の一員だと、明日を夢見ることさえ悪夢に変わる。そんな悪い夢の中みたいな現実で、唯一見つけたと思えた手掛かり。


 それが、イスペリア人にとっての俺たちなのだと、街中を歩いて実感できた。



 なら、どうするべきであろうか?


 俺たちは、俺たち自身の生存を一義に置く。

 それは絶対条件であり、何にも変え難い条件だ。


 ……だけど、それは他の全てがどうなっても良い、なんてことにはならない。


 色々思惑はあったにしろ、俺たちに土地を提供してくれたのはイスペリアだし、そもそもがクルアン教徒は俺たちにとっても敵だ。


 イスペリアの上層部はともかくとして、民衆とは想いを同じくできると思う。恩返しとまでは言わなくても、共栄共存できるのならばそれが一番だし。


 俺たちだけでは、生きてなんていけないのだから。


 だったら、その姿勢を示す必要がある。

 俺たちは味方であると、そう示す必要が。


 それを一番、手っ取り早く明示できる方法は……。



 そこまで考えて、はたと足が止まった。

 目の前に、見覚えのある姿を確認したから。


「……エレーヌさん?」


「じ、ジルベール、くん……」


 エレーヌさんと、バッタリ遭遇したのだ。


 そういえば、名称決定の会議の時に姿が見えなかった。

 外、出歩いてたんだ。


「おや、エレーヌ、その子は……」


 そしてエレーヌさんの隣には、優しそうな顔をしている40代くらいの男性が一人、立っていて。


 ──エレーヌさんとお揃いの、紅茶色の髪をした男性が。


「初めまして、エレーヌさんの友人のジルベール・ネイと申します。……失礼ですが、エレーヌさんのお父様でしょうか?」


 尋ねると、その男性は笑みを浮かべて頷く。

 少し、面白さを感じている微笑み方をしていた。


「初めまして、ジルベールくん。僕はアンリ・リオン、君の言う通り、エレーヌの父親だよ」


 フードを脱いで軽く握手を交わしたあと、エレーヌさんのお父さん、アンリさんはエレーヌさんに小さめの声で囁いた。



「驚いたなエレーヌ、お前にこんな可愛い彼氏が居たなんて知らなかったぞ」


「っ、お父さん、違うから!」


「違うのかい?」


「じ、ジルベールくんはそんなんじゃない!」



 ……けど、小さめの声とはいえ、バチバチに聞こえてしまっていた。


 顔を真っ赤にして反論するエレーヌさんに、思春期の親特有の生暖かい目でアンリさんは応戦していた。我が事だと嫌すぎるけど、他人事だと微笑ましく見える。


 そして、一通り自身の父に抗議を入れたあと、俺の方へと向いて。


「……本当にごめん、ジルベールくん」


 顔を気まずさと申し訳なさで彩りながら、頭を下げてきたのだ。何かを気にしているように、自分の父を見遣りながら。


「……エレーヌさんって、繊細な女の子ですね」


 それが、自分が父を連れ立って歩いていたことに対する罪悪感……俺の家族がいないことを知っての行為だと理解して。


 思わず呟いたら、アンリさんも、全くその通りだと頷いた。


「ああ、そうなんだよジルベールくん。僕が構いすぎたせいか、一人称はボクになるし、必要以上に男っぽくなってしまって……お父さんは心配だよ」


「っ、お父さん、もう良いからどっかに行ってくれないかな!!」


「あはは、朝ごはんは一緒に食べれたし、今日はこれくらいにしておこうか。あとは若いものに任せて、と言うやつだね」


「うるさいよ!」


 そして、好き勝手言いすぎたせいか、キレたエレーヌさんに背中をグイグイと押されて退場させられた。



「ジルベールくん、またお話ししよう!」


「はい、機会があれば是非」



 手を振りながらさっていくアンリさんに、手を振り返して。その背中が見えなくなったあたりで、重々しい溜息が聞こえてきた。


 無論、アンリさんの背中を睨み付けていたエレーヌさんから漏れたものだった。


 まあ、気持ちは分かる。俺も自分の両親に、友達といるところをこんな揶揄われ方したら憤死するから。


「えっと、家族と親しくできるのは良いことですよ」


 けど、そんなことができるのは仲が良いから。

 それに、焦っているエレーヌさんを見れて、何か珍しいものを見れた気分になれたし。


 なので、俺は微塵も気にしてないと伝えると、エレーヌさんはボソリと小さめの、独り言のような返事をした。


「……だから、申し訳ないんだよ」


 先ほどまでの色のあった表情とは違う、どこか恥じ入る気配がある暗さがそこにはあった。




 エレーヌさんは、何を気にしてるのだろうか。

 それを考えてみると、エレーヌさんのさっきの表情が脳裏をよぎった。


 後ろめたくて、気まずい表情。

 まるで、深夜に隠れてゲームしてたのがバレたような、悪いことが見つかった時の反応。


 最初、俺の両親やばぁやが死んでしまってるのに、自分は両親と仲良くしまっているのに申し訳なさを覚えたんだと思った。


 でも、この反応を見ていると、どうやらそれだけじゃないらしい。

 それは何だと考えて、あることを思い出した。


 村にいる間、ずっとエレーヌさんたち法服貴族は、隅っこの方に固まっていて、周りと関わり合おうとしていなかったこと。


 それから、法服貴族の人達は、自らの意思で村に来たのではなく、親の意向で村にやってきたのだと言うことを。


 そこまで考えて、深々と溜息が出てしまった。

 あー、なるほどと理解して。


「俺たちとの思い出話を、お父様としていたんですね?」


「……ジルベールくんは、本当に聡いね」


 俺の問い掛けに、エレーヌさんは自嘲を浮かべて肯定した。それから、深々と、さっきよりも大きいため息をついて。


 "ごめん……"と落ち込み気味に呟きながら。


 まあ、つまりはである。

 エレーヌさんはお父さんを経由して、村の情報のあれこれを流していたと言うことだ。


 多分、ガリティア外交部に。

 完全に味方とは言い切れない、俺たちと大公を秤にかけている人達に。


 自分がスパイであると、そう自認しているからこその反応だったみたいだ。裏切り者、と自分のことを思っているのかもしれなかった。


 けれど、多分それは思い込みがすぎると思う。


「……クローデットさんが承知しているなら、そこまでしんどくならなくても良いと思いますよ」


 そう、クローデットさんは分かっている筈だから。法服貴族を受け入れながらも、積極的に使おうとはしなかった理由はそれだ。


 全て分かっていて、パイプ役として許容しているのだ。

 状況証拠的に、間違い無く。


「……君は本当に賢すぎるね、預言者みたいだ」


「残念、占い師ですよ」


 諦めたみたいに、表情が弛緩したエレーヌさん。


「……君もクローデットさんも、二人揃って優しくて困るよ」


 さっきの自嘲的な笑みではなく、困った笑みを浮かべて。視線をどこに合わせるか迷って、空を見上げていたのだった。




 どうやら、エレーヌさんは悩んでいるらしい。


 自分の中の罪悪感と折り合いをつけるにはどうすれば良いか、そのこと自体に苦しさを抱えているみたいだ。


 どうにも、自分のことをスパイだとか裏切り者だとか、自分で自分を罵倒しているみたいだ。根本的にスパイに向いてなさすぎる。


 まあ、村の令嬢やメイド達の大らかさを見ていれば、自分が悪い人間なのではないか、と思ってしまう気持ちは分かるけど。


「優しくできるのは、エレーヌさんのことを少しは知ってるからです。バローラへの工作だって、エレーヌさんや外交部の人がいなきゃ成功しませんでした」


「それは……」


 だから、思い悩まないで欲しい。

 そんなニュアンスを込めた言葉に、エレーヌさんは何かを言い募ろうとして、言葉を濁した。


 多分、外交部の方にも何か思惑はあったけど、口には出しづらい事だったのだろう。


 例えば、貴重な貴族をガリティアの大公に帰順させるために、まだ死んでもらいたくなかった、みたいな。


 けど、どんな思惑はあれど、助けてもらったのは事実で、助かったと感じたのは俺たちの方だから。



「……例えそうだとしても、次はどうなっているか分からない。だから、あまりボクを信用しない方がいい」


「エレーヌさん……」


「優しくもしないで欲しいかな、気がつけば居なくなるかもしれない身の上だし、切なくなるからね」


 なのに、エレーヌさんは自分から身を引こうとする。自罰的になって、村の人と関わらないようにと自分を言い聞かせているみたいで。



 ……その様子に、なんか嫌だって思ってしまった。



「あなたが何をどう思っていようと、俺はエレーヌさんに居て欲しいです」


 寂しいのは嫌だ、悲しいのも嫌だ。

 俺は寂しがり屋だから、そう強く思えてしまう。


「分からないことが沢山あって、俺だけだとクローデットさんを支えるのは力不足で……」


 だから、これは俺の我儘で、エレーヌさんの気持ちに寄り添ってはいない。彼女を困らせるだけの、そんな言い分だと思う。


「だから、教えて欲しいことがいっばいあるんです。それに……」


 でも、エレーヌさんが孤独を望んでも、孤独を愛せるとはどうしても思えなかった。


 だって、俺たちを助けてくれてある最中の彼女は、コロコロと表情が変わって、奔走してくれてる中でも軽やかで、何より──その姿が楽しげで。


「──頑張ってくれてたエレーヌさんが、素敵だって思ったから」


 だから、行かないで。

 自分から、寂しさに身を浸すような真似はやめて欲しい。


「俺には、あなたが必要なんです!」


 そういう気持ちを込めて引き留めた、純度100%の俺の我儘を込めた駄々。


 いつかのクローデットさんがしてくれたように、エレーヌさんの手を取る。孤独を抱えないで欲しいと、祈りを込めて。


 みっともなさ全開の俺に、エレーヌさんは……。



「…………誠実なだけじゃなく、強引な手だったんだね」



 微かな声で呟いてから、弱々しい力で俺の手を握り返してきた。


 迷いと優しさが入り混じっているような力加減。

 それが、今の俺たちの繋がりの強度みたいに感じて。


 いつか、不安なくこの人の手を取れて、同じ力で握り返してくれる関係になれたら良いなって、そう思ったのだった。

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