第99話 詩人と風の拾い物
午後の光がカフェ<カオスフレーム>の床に細く差し込み、
その上を風がそっと撫でていった。
風が残した足跡のように、光は柔らかく揺れている。
私はカウンターで豆を挽きながら、今日の空気を感じ取る。
風の気配が濃い。
まるで誰かが語りたい言葉を胸に抱え、
扉の前でそっと立ち止まっているようだった。
扉の鈴がふわりと鳴いた。
昨日の風をまとった少女が、再び姿を見せた。
水色のワンピースは今日も柔らかく揺れ、
胸には例のノートが大事そうに抱えられている。
少女は席に着くなり、そっとノートを開いた。
ここにいる
ありがとう
と書かれたページを指でなぞり、
静かに息をついた。
今日は、どんな言葉が聞けるかな。
その声には少しの期待と、ほんの少しの緊張が混ざっていた。
◇ ◇ ◇
私は風待ちブレンドを淹れながら尋ねた。
ノートは、重くなっていませんか。
少女は首を振る。
むしろ軽くなった気がします。
誰かの言葉を拾うたびに、
胸の奥がふわっと軽くなるみたいで。
オグリが鼻をひくつかせる。
今日の風は湿ってるな。
誰かの後悔を拾った匂いがする。
ポエールが鎧を鳴らしてうなずく。
後悔の声は、風の中でも重い。
だが、それを運ぶのも風だ。
マーリンが腕を組み、空気を読むように言う。
湿った風の日は、感情がよく揺れるのよ。
今日はきっと、何か拾えるわ。
少女は小さく頷いた。
◇ ◇ ◇
私はカウンターにコーヒーを置いた。
少女が一口飲んだ瞬間、
店全体を柔らかな風が撫でていった。
カウンターの紙がめくれ、
木目の上に淡い影が揺れる。
少女のノートがひとりでに開いた。
白紙のページが広がり、
その中央に淡い線が落ちていく。
線はやがて文字へと変わった。
少女は息を呑み、
私は前のめりになる。
ごめんね
その言葉は、他の文字より
ほんの少しだけ濃かった。
◇ ◇ ◇
少女の唇がわずかに震えた。
ごめんね……
誰が、誰に。
マーリンが静かに言う。
謝りたい気持ちは、胸の奥に沈むもの。
だから文字が濃くなるのよ。
ポエールがうなずいた。
戦場でも、最も風に乗るのは謝罪の言葉だ。
オグリはストローを回しながらつぶやく。
言えなかった言葉ほど、風が拾いたがる。
少女はページをそっと撫でた。
悲しいけれど……あたたかい言葉です。
ごめんね、って……優しい。
その声はかすかに震えていたが、
決して沈んではいなかった。
◇ ◇ ◇
私は少女に問いかける。
辛くはありませんか。
少女は首を横に振った。
大丈夫です。
風が拾った言葉が、
誰かの心を少し軽くしてる気がして。
その瞬間、店のカーテンがやわらかく揺れた。
まるで風が、少女の言葉に答えているようだった。
少女はノートを胸に抱きしめ、深く息を吸う。
また来ます。
続きを知りたいので。
扉へ向かう少女の背中に、
風がふわりと寄り添った。
ワンピースの裾が軽く揺れる。
その姿が消えると、店は静かに風を受け入れた。
◇ ◇ ◇
――次回予告――
最終話 詩人と風がつくる言葉
四つの言葉をつなげたとき、
風が運んできた声の正体が明らかになる。
風が拾ったのは、誰かの心の奥に沈んだ
とても小さな祈りだった。




