表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
97/101

第97話 詩人と風聞きのノート

午前の光がゆっくりと差し込み、

 カフェ<カオスフレーム>は穏やかな始まりを迎えていた。

 風の通り道になってからというもの、

 店の空気は以前より柔らかく、静かに揺れている。


 カウンターで豆を挽いていると、

 扉の鈴が軽く鳴った。


 入ってきたのは、昨日の風待ちの少女。

 水色のワンピースが、朝の光によく似合っていた。


 少女は席につくなり、

 胸に抱えていたノートを大事そうに取り出した。


 来ました。

 風の続きを聞ける気がしたから。


 その目は、昨日より少しだけ強くなっていた。


◇ ◇ ◇


 私は風待ちブレンドを淹れながら尋ねた。


 何か書かれましたか。

 昨日のページに。


 少女はこくんと頷き、ノートを開いた。


 一ページ目には、淡い線が一本。

 風が走り抜けた痕跡。


 少女は続ける。


 帰ってから見たら、この線……

 少しだけ濃くなっていたんです。

 風が、私の家にも来たのかな。


 オグリが新聞から顔を上げる。


 風は案外、約束を守るぞ。

 誰にも言わないだけでな。


 ポエールは真剣な声で頷いた。

 風とは、静かなる戦友のようなものだ。


 マーリンは筋肉を動かして空気を感じる。

 今日は確かに、風が近いわ。


◇ ◇ ◇


 少女はノートを開いたまま、

 風待ちブレンドの香りをゆっくり吸い込んだ。


 その瞬間、店にふわりと風が流れた。

 ほんの一瞬だけ紙がめくれ、

 少女のノートの次のページが開く。


 そして、白紙の中央に

 淡い文字が浮かび始めた。


 少女は息をのみ、私は思わず身を乗り出した。


 文字は短く、まっすぐだった。


ここにいる


 少女は震える声で言った。


 いま……誰かいましたか。


 私は静かに首を振る。

 でも、風は確かに通ったんですね。


◇ ◇ ◇


 少女はページを胸に抱きしめる。

 風が語った、その短い一言。


 ここにいる。


 誰が言ったのだろう。

 少女の記憶の誰かか、

 それとも風が拾ってきた別の声か。


 ポエールがゆっくり言う。

 風は、声を運ぶ。

 それは誰の声とも限らぬ。

 だが、必要な人に届けられる。


 マーリンはカップを片手に微笑む。

 ここにいる、なんて……優しい言葉。


 オグリがストローをくわえたまま頷く。

 風が味を覚えるなら、声も覚えるさ。


◇ ◇ ◇


 少女はノートを閉じ、

 少しだけ瞳を潤ませて言った。


 また来ます。

 もっと……聞いてみたくなりました。


 私は微笑んだ。


 ええ。

 風はきっと、続きを書きたがっています。


 少女が店を出ると、

 ノートの端が一瞬だけふわりと揺れた。

 まるで風が、次の言葉を準備しているように。


◇ ◇ ◇


――次回予告――

第98話 詩人と風の囁き

風聞きのノートに、三つ目の文字が刻まれる。

その言葉は、カフェの外で誰かが落とした

とても小さな秘密だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ