第93話 詩人と再会のブレンド
朝のカフェ<カオスフレーム>には、
昨日の風の再会の余韻が残っていた。
扉の鈴は、風が触れたときのように微かに震え、
カウンターの木目には、
セレスの影が腰かけたような温かさが残っている気がした。
私はキッチンに立ち、
まだ手をつけていない豆の袋を開けた。
香りが立ち上った瞬間、胸が軽くなる。
再会を味にできるだろうか。
そんな気持ちが、指先をそっと押した。
◇ ◇ ◇
ポエールが鎧を鳴らして近づいてきた。
詩人殿、また新しい豆か
ええ。再会のブレンドを作ろうと思って。
オグリがストローをくわえながら新聞を畳む。
再会か……重いテーマをコーヒーに落とすとはな。
店員じゃないのに妙に評論家みたいなこと言いますね。
だが馬の嗅覚は鋭いぞ。
マーリンは筋肉を伸ばしながら、にっこり笑う。
マリエル、なら甘さも大事よ。
感情の再会には糖分が必要だもの。筋肉と同じ。
たぶん全然違いますけど。
そんなやり取りに、
店の空気が少しずつ温まっていく。
◇ ◇ ◇
私は、豆を三種類取り出した。
ひとつは、深煎りの苦味。
ひとつは、風を思わせる軽やかな酸味。
そして最後は、
セレスが残した手紙の匂いを感じた豆。
焙煎の音が、
昨日の再来の余韻と重なる。
ぱち……ぱちん……
豆がはじけるその音が、
どこか懐かしい声へと変わるようだった。
あなたの詩は、風の中で息をしている。
セレスの声が、心の中に響いた。
私はそっと呟いた。
じゃあ、息をする珈琲にしよう。
◇ ◇ ◇
ドリップの準備を整えると、
風が店の奥からふっと動いた。
扉は閉まっているのに、
まるで見えない常連が席を移動したようだった。
私は笑いながら湯を注いだ。
蒸気が立ち上り、
香りが風と混ざる。
深煎りの苦みが別れを呼び、
明るい酸味が待つ時間を照らし、
最後にふわりと甘さが再会に触れる。
珈琲が一滴ずつ落ちるたび、
過去と現在が重なっていくのがわかった。
◇ ◇ ◇
オグリが鼻をひくつかせる。
……これは、懐かしい香りだな。
誰かを呼んでいる匂いがする。
ポエールが低く頷く。
再会の戦いで生まれる匂い……いや、詩の香りだ。
戦いとは無縁だと思いますけど。
マーリンが胸を張る。
マリエル、いいわよ。これは筋肉も泣く味。
筋肉は泣きません。
そんな彼らの感想も、
このブレンドの一部のように思えた。
◇ ◇ ◇
私はカップに注いだ。
深い琥珀色。
光が当たると、ほんの少しだけ淡い白が混ざる、
まるで雲の縁のような色。
一口飲む。
胸に、柔らかな風が吹いた。
昨日の再会、
そしてすべての別れてまた巡る物語が香りに宿っていた。
私はゆっくりとカップを置き、
レシピ帳に書き込んだ。
再会のブレンド。
風が通ったあとにだけ作れる味。
◇ ◇ ◇
その瞬間、
カウンターの上がふわりと光った。
風がそっとページをめくり、
端に一行だけ文字を残した。
また香りの向こうで。
私は微笑んだ。
風は、今日も常連だ。
◇ ◇ ◇
――次回予告――
第94話 詩人と灰の旅人
再会のブレンドが完成したその日、
店の外に灰色の足跡を残す旅人が現れる。
彼が求めたのは、失われた記憶の一杯。




