第8話 新聞を読む馬
三時。カフェ<カオスフレーム>の扉が鳴る。
入ってきたのは、もちろんオグリ・ジュン。
ブレンドを注文し、ストローを受け取り、席につくや否や新聞を広げる。
その新聞が、やっぱり競馬欄だということに、私はもう驚かなくなっていた。
最初に見たときは衝撃だった。馬が馬を見て線を引くなんて——そう、哲学的な風刺画みたいだと。
けれど、数日もすれば不思議なものに慣れてしまう。
今では「今日もそれか」と心の中で頷くだけだ。
慣れって、怖い。
◇ ◇ ◇
オグリは真剣に紙面へ赤ペンを走らせる。
馬の名の横に印をつけ、数字に線を引き、眉間に皺を寄せる。
「……なるほど。明日の混沌は荒れるな」
イケボ低音が響く。
何を根拠にしているのかは、私には一生わからない。
でも、彼には確かに“読み解いている”顔があった。
「マリエル殿!」
鎧をがしゃんと鳴らして、ポエールが覗き込む。
「その紙片、戦場の地図に似ているな!」
「えっ……そうですか?」
「陣形の印、勝敗の予見……これはまさしく戦略!」
ポエールの声にスライムが「ぷるん」と揺れる。
たぶん理解していない。でも、なんとなく賛成しているように見える。
◇ ◇ ◇
「わぁ〜!」
マーリンが隣の席から顔を近づける。
「馬が馬を応援してるの!? もう、可愛いの極みだよ!」
「違う。応援ではない。解析だ」
オグリは冷静に訂正する。
「解析の中に愛はある?」
「混沌の中に秩序を見出すのは、愛に似ている」
……また難しいことを言う。
でも、彼の真剣さを見ていると、ラテのハート模様と同じく、冗談ではないのだと伝わってくる。
◇ ◇ ◇
私は帳面を開き、ペンを走らせる。
——馬は新聞を読む。
——読むのは未来か、それとも己の姿か。
文字を残したところで、私はまた笑ってしまう。
慣れたはずの光景なのに、やっぱり少しだけ可笑しいから。
◇ ◇ ◇
――次回予告――
第9話「鎧とスライムの行進曲」
「がしゃん、ぷるん。がしゃん、ぷるん。……騎士とスライムの行進は、カフェの床掃除泣かせでした」