第7話 ラテに浮かぶハート
三時のカフェに、今日も彼は現れた。
オグリ・ジュン。馬の頭、低音の声、そして競馬新聞。
けれど今日は、新聞よりも先にラテを注文した。
「ラテを。……ストローも一本」
低音が静かに響く。
「承りました」
私はミルクをスチームし、エスプレッソを注ぐ。泡を流れるように描いて、ハート模様を浮かべた。
模様が揺れすぎないよう、カップをそっと差し出す。
◇ ◇ ◇
オグリは席に着くと、新聞を広げ……かけて、やめた。
今日の彼は新聞ではなく、ラテの表面をじっと見つめていた。
ハート模様。白と茶の境界が柔らかく波打っている。
彼はストローを口に挟み、慎重に角度を決めた。
——ハートを崩さぬように。
まるで儀式のように静かに、ひとくち、啜った。
「……どうだ?」
隣の席でポエールが鎧を鳴らして尋ねる。
「うむ。混沌を侵さず、味のみを受け取った」
「それは勇敢だ!」
スライムが「ぷるん」と跳ねる。
◇ ◇ ◇
「可愛い!」
マーリンが目を輝かせて叫んだ。
「馬面で! ラテのハートを守ってる! これは可愛い以外に言葉がないよ!」
その興奮にローブぱつん、杖ぐいっ、椅子みしみし。
「マーリン様、落ち着いてください!」
「だって可愛いんだもん!」
オグリは新聞を広げることなく、ラテを見つめ続けていた。
彼の瞳にハート模様が映っている。
恋をした人の顔よりも真剣で、まっすぐで、揺るぎがない。
……私は不意に思った。
——ラテアートは、彼にとって信仰の対象なのかもしれない。
◇ ◇ ◇
閉店後、帳面に一行書き加える。
——馬はラテに恋をする。
——恋は消える前に啜られる。
インクを乾かしながら、私は今日のハート模様を思い出す。
たしかに、あの姿はちょっと、可愛かった。
◇ ◇ ◇
――次回予告――
第8話「新聞を読む馬」
「またしても競馬欄です。……馬が馬を見て線を引く光景に、私はもう驚かなくなってきました。慣れって、怖いですね」