第6話 砂糖水に沈む哲学
三時のおやつ時、今日もカフェ<カオスフレーム>には常連が集った。
ブレンドを啜るオグリ。鎧をがしゃがしゃ言わせるポエール。パフェに夢中なマーリン。
そして、彼らの足元でぷるんと震えるスライム。
——砂糖水を出して以来、スライムは特製の大鉢の中にすっかり落ち着くようになってしまった。
ぷにん、と音を立てて飛び込むと、そのまま沈んで、透き通った身体と砂糖水がひとつに溶け合ったような光景になる。
「……沈んでいる」
私は大鉢を覗き込み、思わずつぶやいた。
「沈んでいるな」
オグリが新聞の陰から低音で応じる。
「哲学的だ」
「哲学、ですか?」
「在るのか、無いのか。浮いているのか、沈んでいるのか。……問いは単純で、答えは永遠だ」
馬の顔でそんなことを言われると、どう反応していいかわからない。
◇ ◇ ◇
「マリエル殿!」
ポエールが身を乗り出す。鎧ががしゃんと鳴った。
「この沈黙、勇敢だ! 無言のまま己を沈めるその姿勢、我が鎧にも見習わせたい!」
「いや、それはたぶんただの居眠りです」
「なにっ!?」
スライムがぼこっと気泡をひとつ上げる。どう見てもリラックスしている。
マーリンはスプーンを持ったまま、ほっぺたにベリーソースをつけながら覗き込む。
「わぁ……可愛い! ほら、ほら、見て! 沈んでるのに、光に透けてきらきらしてる!」
筋肉のついた腕で指差すので、机がぐらっと揺れる。
「マーリン様、テーブルが折れます!」
「だいじょうぶ、可愛いは重さを超えるから!」
「……椅子とテーブルの耐荷重はそう簡単には超えられないんです」
私は頭を抱えた。
◇ ◇ ◇
それでもスライムは沈み続ける。
透明な体は光を受けて七色に揺らめき、大鉢の中でゆるやかに動く。
私にはただぷにぷにしているようにしか見えないのに、三人にはもっと意味深に映るらしい。
「これは勇敢」
「これは哲学」
「これは可愛い!」
三人三様の断言に、私は思わず吹き出してしまった。
——なんでそんな大げさに語れるのか。
けれど、不思議と悪くない。
みんなの言葉が重なって、店の空気がふくらんでいくような気がした。
◇ ◇ ◇
閉店後、私は帳面に一行書き加える。
——スライム、砂糖水に沈む。勇敢か、哲学か、可愛いか。
——少なくとも私には、ただの居眠りに見えた。
インクが乾くまでの間、私はそのぷにぷにした姿を思い出して少し笑った。
◇ ◇ ◇
――次回予告――
第7話「ラテに浮かぶハート」
「ハート模様を崩さぬようストローで啜るオグリさん。……その真剣さは、恋に落ちた人の顔よりもずっと真面目でした」