表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/101

第59話 詩人と風の便り

朝の風が、ページをめくった。

 誰も触れていないのに、ノートの端がそっと揺れる。

 カフェ<カオスフレーム>の中に、

 新しい“息づかい”が生まれていた。


◇ ◇ ◇


「詩人殿、ドアが勝手に開いておるぞ!」

 ポエールの声に顔を上げると、

 扉がほんのわずかに軋んでいた。


 外から吹き込む風が、やわらかい。

 春の匂いを少しだけ含んでいて、

 どこか懐かしい気配がした。


 カウンターの上のノートがぱらりと開く。

 その中に、見覚えのない紙が一枚。

 私の字ではない。


◇ ◇ ◇


“マリエルさんへ。

あの日の白いページ、ちゃんと書けました。

でも書いても書いても、詩は止まらなくて、

どうしたらいいのか分かりません。

だから、風に乗せて送ります。

――『未来の詩人』より”


 文字は拙いが、確かに生きていた。

 まだ幼い筆跡が、まるで風そのもののように踊っている。


「……あの子だ」

 私は小さく笑った。

 “白紙のページ”を持っていった少年。

 どうやら、ちゃんと詩を書いたらしい。


◇ ◇ ◇


「誰からの便りだ?」

 オグリが新聞を閉じて尋ねる。

「未来の詩人、だそうです」

「ほう……風の配達とは、詩人らしい」

「本当にね」


 マーリンが封筒を手に取り、

 魔力の波を調べるように指を滑らせる。

「この手紙、魔法じゃないわ。

 風の流れそのものが運んでる。

 つまり、世界が“届けたい”と思ったのよ」


「世界が?」

「そう。

 あなたが詩で世界に息を吹き込んだから、

 今度は世界が“返事”をしたの」


◇ ◇ ◇


 私は改めて手紙を見つめた。

 紙の隅に、もうひとつ小さな詩が添えられていた。


“風は声を持たない。

けれど、言葉を覚えている。

あなたが呼吸をくれたから。”


 思わず、胸が熱くなった。

 あの子はもう“詩人”だ。

 そして――

 世界もまた、ひとりの詩人だったのかもしれない。


◇ ◇ ◇


 ポエールがカウンター越しに顔を覗き込む。

「詩人殿、返事は書かぬのか?」

「返事?」

「便りには返すのが礼儀であろう!」

「……そうですね」


 私はノートを開き、ペンを取った。

 風がページを撫でる。

 まるで、「書け」と促しているように。


“風へ。

あなたは言葉を運ぶ手。

私は、それを受け取る耳。

こうして詩が、世界を往復していく。”


 書き終えた瞬間、

 ページがひとりでに揺れた。

 ペン先から小さな光が飛び、

 外の風に混じって消えていった。


◇ ◇ ◇


 マーリンが呟く。

「今のは……魔法?」

「たぶん、詩法ポエムロジーです」

「そんな学問あるの?」

「いえ、今できました」


 笑いがこぼれた。

 グラスが“ぷにぃ”と鳴き、

 ポエールが得意げに言う。

「さすが詩人殿! 新しい術式を生み出したのだな!」

「言葉は術じゃありませんよ。

 でも、魔法よりずっと強い時もあるんです」


◇ ◇ ◇


 外では、風が少し強くなった。

 その風の中に、

 遠くから届くような声が聞こえた気がした。


“また書きます。

次の詩ができたら、

ちゃんと風にのせて。”


 私はそっと目を閉じて、

 その言葉を心の奥にしまった。


“詩は届く。

たとえ声を失っても、

風が、誰かに運んでくれるから。”


◇ ◇ ◇


――次回予告――

第60話「詩人と春のカップ」

「季節が巡り、カフェに春が訪れる。

 新しい花と新しい客、そして――

 詩人のカップに注がれる“再会”の香り。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ