第56話 詩人と新しい朝
夜が明けた。
――本当に、朝が来た。
空の端が淡く金色に染まり、
街の屋根に光が降りていく。
その光には、もう迷いがなかった。
夜を取り戻した世界は、
静かに呼吸を始めていた。
◇ ◇ ◇
カフェ<カオスフレーム>の扉を開けると、
澄んだ空気と、いつもの香りが迎えてくれた。
ランプの炎は青から橙に変わっている。
その色は、夜と朝が手を取り合った証のようだった。
「おはようございます、世界」
誰にともなく言ってみる。
けれど、ちゃんと返事が聞こえた気がした。
◇ ◇ ◇
ポエールが大きく伸びをする。
「ふわぁ……詩人殿、これが“朝”か!」
「はい。久しぶりですね」
鎧が朝日を反射して眩しい。
スライムのグラスは陽の光に透けて、
まるで琥珀みたいに光っていた。
「朝って、いいな。
でも、夜も好きになったぞ!」
「そうでしょう?
どちらも、珈琲みたいなものです。
苦いけど、香りがいい」
◇ ◇ ◇
マーリンがカウンターで書きものをしていた。
夜の記録を、丁寧に魔導書へ写しているのだ。
「マリエル、世界は落ち着いたわ。
詩が満ちて、魔力の流れも穏やかよ」
「それは良かった。
……でも、これからどうしましょう?」
彼女は笑った。
「決まってるじゃない。
朝の詩を書きましょう」
そう言って、私の前に新しいノートを置いた。
◇ ◇ ◇
私はページをめくり、
ゆっくりと最初の一行を書いた。
“夜が終わったあと、
世界は何を夢見るのだろう。”
その文字を見たマーリンが目を細めた。
「夢の続きが、現実になるのかもね」
「そうですね。
たぶん、朝って“夢の余韻”なんですよ」
◇ ◇ ◇
扉のベルが鳴いた。
小さな音。
ふと顔を上げると、見覚えのあるシルエットが立っていた。
「……いらっしゃいませ」
カウンターの前に座ったのは、
あの“最初の客”――馬頭の男、オグリ・ジュンだった。
「ブレンドを。今日はストローも一本」
「……おかえりなさい」
私が微笑むと、オグリも軽く頷いた。
ラテではない。
けれど、ブレンドの表面には朝の光が映って、
まるでハートの模様みたいに輝いていた。
◇ ◇ ◇
「世界はどうです?」
「静かだ。
夜と朝がきちんと交代してる。
詩人、お前の仕事は立派だったな」
彼は新聞を開く。
相変わらずの競馬欄。
けれど、ページの端には小さな記事が載っていた。
――“昨夜、空に三つの光が現れた”――
私は静かに微笑んだ。
「詩が、世界を照らしたんですね」
「いや、世界が詩を読んだのさ」
◇ ◇ ◇
外では、鳥たちが朝の詩を歌っている。
風がカップを撫で、光がランプに触れる。
すべてがゆっくりと動き出していく。
私はノートにもう一行、書き足した。
“夜が言葉を残したなら、
朝はそれを歌にする。”
ページを閉じ、
深く息を吸う。
珈琲の香りが、今日も確かに生きていた。
◇ ◇ ◇
――次回予告――
第57話「詩人と一杯の未来」
「朝が広がるカフェに、新しい客が現れる。
彼(彼女)はまだ詩を知らない――
けれど、その心には“未来の言葉”が眠っていた。」




